今次テロ研究会

研究会の概要

IASのメーリングリストで次のようなお知らせが回ってきたのでいってきた。

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 緊急特別研究会 「いま、中東とイスラームを考える」

9月11日に米国で発生した同時多発テロ事件については、当初からイスラーム過激派の犯行が疑われ、米国政府はターレバーンへの軍事報復の準備を急速に進めています。日本国政府はこれに対する可能な限りの協力を約束しました。

このような状況のもと、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)は、関係各方面の協力を得て、下記のとおり緊急特別研究会を開催いたします。中東・イスラーム世界各地の現況や、今後予想される事態について、専門研究者の眼で問題点を指摘し、現時点で可能な分析を行なう機会といたします。各報告は20分とし、その後1時間にわたりフロアとの質疑応答・意見交換を行う予定です。

なお、会場の都合上、本研究会への参加は原則として研究者と官公庁、報道機関関係者、および研究者を通じてこの情報を得た大学生・大学院生のみとさせて頂きます。皆様のご参加をお待ち申し上げております。

  • 日時: 10月1日(月)午後6時00分~9時30分
  • 場所: お茶の水スクエアA館3階・ヴォーリズホール
  • 参加費: 無料
  • 報告:
    • ハッサン・バクル(AA研客員教授:イスラーム過激派研究)【英語】
    • 飯塚正人(AA研助教授:「イスラム原理主義」研究)【以下日本語】
    • 縄田鉄男(東京外国語大学名誉教授:イラン・アフガニスタン研究)
    • 臼杵陽(国立民族学博物館地域研助教授:パレスティナ問題研究)
    • 小松久男(東京大学大学院教授:現代中央アジア研究)
    • 黒木英充(AA研助教授:近現代シリア・レバノン研究)
    • 酒井啓子(アジア経済研究所研究員:現代イラク研究)
    • (司会:黒木英充・飯塚正人)

各発表について

各発表の概要を示し、私のコメントと推論を加えていく。

バクル発表

飯塚さんからの紹介によると、ハッサン・バクル氏はエジプト・アシュート出身。アシュートは全ての原理主義者はアシュートから生まれる、といわれるほどの原理主義の温床である。

今年は飯塚さんと東京外国語大学で共同研究プロジェクトを行う。アメリカで政治学の立場からテロにかんする危機管理や、安全保障を学ばれた。のちにエジプトに戻って、アシュート大、カイロ大で教鞭をとり、理論を通じて中立な立場から、テロと戦い、ついにはアシュートからテロリストを追い出したほどの人だという。

発表は英語だったので、私が正確に理解できているかはかなり不安であるが、実に重要な指摘は、ラーディンらのいう「十字軍への戦い」という言葉をキリスト教社会への戦いと捉えてはならないということである。彼らの文脈において十字軍とは合衆国そのものである。これをキリスト教文明などと捉えると、ラーディンらの目的を大きく取り違えてしまうということである。より大きな目的をもった悪魔のような奴という誤解をし、「文明の衝突論」におちいってしまうということであった。

他には五~七人の細胞から構成される組織であって「アルカイダ」なる実態はかなり疑わしいということ、よって硬い組織を持っているわけではないので、その根絶もいちじるしく困難であることなどが述べられた、と思う。

スンナ派「イスラム原理主義」研究の立場から(飯塚発表)

つづいて飯塚さんからの発表。飯塚さんは、政治思想史の立場から「イスラーム原理主義」の研究をしている。今回の発表は10月緊急増刊号(飯塚正人「アッラーは同時多発テロを命じたか」『文藝春秋』10月緊急増刊号,2001,pp.130-134)による。

この発表は今回の研究会での基調講演的な役割を持った。第一点はバクル発表を受けてのラーディンの目的についての誤解への言及である。

まず今回の「テロ」についての古典的イスラーム法上の根拠に関しての指摘がある。これはいうまでもなくジハードに求められるわけであるが、ジハードには「侵略ジハード」と「防衛ジハード」がある(双方とも飯塚氏の言葉)。このうち前者はイスラーム世界の拡大に貢献したわけであるが、法理論上カリフの命令が必要であり、カリフが存在しない以上発動されえないとする。これに対する「防衛ジハード」の場合は、カリフの存在に関係なく、武装した異教徒がイスラームの土地(おそらくはダール・アル・イスラーム=イスラーム法の施行される土地)場合、これに対抗することはムスリムの義務である。たとえばパレスチナにおける反イスラエル闘争はこの理論に基づくものであるし、ラーディンの闘争もそもそもはこの理論に基づいており、主張は「アメリカ出て行け」であって一貫しているのである。

さて。今回のテロはイスラームの土地で起こっていない。しかも武装していない異教徒に対するテロであった。これはイスラーム法上犯罪である。さらに背教者でもないムスリムが巻き込まれる可能性が充分にあり、実際ビルに激突した飛行機の乗務員にイラン系アメリカ人のムスリムがいたという。法理上ムスリムに対するジハードはありえない(もちろん不正な統治者は打倒される可能性があるが、今回の場合は不特定多数のムスリムが犠牲になる可能性がある)。つまりパレスチナにおけるテロとは異なり、ラーディンの犯行は明らかに「異端」のにおいのするものであるということである。

よってアメリカの行動が批判を巻き起こすものとなっても、スンナ派原理主義のグループが今回のテロ自体に対して支持が強まるとは思えない、ということであった。つまりこのテロの特異性はイスラームでもなく原理主義でもないところに求めるべきである、ということである。

そしてそれはまさしく「力の論理」である。すなわちテロによってアメリカを追い出そうとするラーディンも、国家テロリズムによってテロを廃絶しようとするアメリカもまったく同じ土俵の上で戦っているのである。つまり「文明の衝突」も、まして宗教や価値観の違いが問題になるような事態ではないということである。

ほかに、これまでイスラーム原理主義の穏健派と過激派のちがいは、イスラーム法を施行しようとしないムスリムの施政者も処刑の対象とするか否かで判別してきたが、ラーディンの場合施政者の暗殺は認めていないが、穏健派とはいえないわけで、枠組みの見直しが必要であるという指摘があった。また近年中央アジアを中心に目覚しい勢力拡大をとげるイスラーム解放党にかんしても言及があった。

飯塚さんの個人サイトは近現代アラブ・イスラーム研究のホームページである。特に『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』は役に立つ。

アフガニスタンの民族と言語(縄田発表)

縄田先生はイラン語が専門の大御所である。日本でパシュトゥーン語をよく知っているのは彼だけではないかというくらいである。話はアフガニスタンが中心であった。

これまでにも述べたように、今次のテロ事件とアフガニスタンの問題はある程度切り分けて考える必要がある。現状で合衆国はターリバーンの打倒のためには北部同盟や、ザーヒル・シャーを取り込んでいるが、ことが片付けば新しい政権へとつなげる努力をするかは疑わしい。その意味で、テロ問題が絡んでしまったアフガニスタン問題の現在と将来について考えるのに必要な基礎知識を話されたと思う。

アフガニスタンを理解する上で、民族は重要である。2001 Britanica Book of Yearをひいてアフガニスタンの民族構成を説明された。資料は以下の通り。

民族比率人口
パシュトゥーン人38%9,837,820
タジク人25%6,472,250
ハザーラ人19%4,918,910
ウズベク人6%1,553,340
その他12%3,106,680

以上について、パシュトゥーンは50%代、ハザーラ人は多く見積もっても150万強ではないかと述べられた。このことからわかるようにアフガニスタンはきわめて複雑な民族構成を持っている。しかもパシュトゥーンはパキスタンに、タジクはタジキスタンに、ウズベクはウズベキスタンにそれぞれ同胞がお り、国際関係上も複雑な問題である。宗教的には普通はスンナ(法学派はハナフィーヤ)であるが、ハザーラは12イマーム派シーアであってイランと共通であ り、山岳タジク人はイスマーイール派である。言語的にもパシュトゥーン人はパシュトー語とダリー語(ペルシア語と同系統で、アラビア文字を使うタジク語と いってよい)のバイリンガル、その他はダリー語という構成である。

容易に想像できると思うが、パシュトゥーン人とその他というのが抗争の系図であった。さらにパシュトゥーンもドゥッラーニーとダジールという部族間対立(現況ではほぼ解消と思われる)があり、ことは複雑を極める。現在のターリバーンの指導者オマルはドゥッラーニー・ポーパルザイともヌールザイともいわれている。なんだかんだがあったあげく(詳しくはソ連介入後のアフガニスタン内戦を参照。学生さんの卒論の要約)の現状を整理するとパシュトゥーン主体のターリバーンと、ウズベク・タジク・ハザーラを中心とする北部同盟(前大統領のイスラーム協会のブルハヌッディーン・ラッバーニーや暗殺されたマスードはタジクであり、先にマジャーリ・シャリーフを失陥させられた(1998年8月。配下のマリク将軍がクーデタを起こしたあげくに奪回したものの、ドサクサ紛れにタリバーンに奪われた)ドスタム将軍はウズベクである)の対立である。

ターリバーンはパシュトゥーン勢力であり、かつその独特のイスラームはパシュトゥーンの伝統的規範である「パシュトゥン・ワーレイ」とイスラームが混交したもので、一般的なイスラームから考えるとかなり異端臭が漂う(たとえば指導者ムッラー・モハマド・オマルは「アミール・アル・ムーミニーン(信徒の長・軍司令官)」と名乗っているが、これはカリフのことで、全ムスリムの長を指す。ウンマ(イスラーム共同体)の同意がないゆえにこれはとんでもないことである)。ラーディンが原理的イスラームの急進であるとすれば、ターリバーンは部族伝統的イスラームの急進であり、異端であるとしてもそれとある意味逆のベクトルを持つ方向の異端である。とすると、不足しているのは健全なパシュトゥーン勢力である。そのゆえにパキスタンはタリバーンを支援せざるを得ないのである(パキスタンのイスラーム運動の中心であるジャマーアテ・イスラーミーヤなどの思惑はさておき)。ムジャッヒディーンの中ではヘクマティアルのイスラーム党がそうであった(タリバーンではないパシュトゥーン勢力という意味。実際はただの山賊集団に毛が生えた程度)が、すでに北部同盟内ではほとんど力を持っていないし、ターリバーン登場以前はこの北部同盟内の諸勢力が内乱をやっていたということを甘くみてはいけない

このように今次テロ事件とアフガニスタン国内情勢はある程度分離して考えないとパワーゲームの構図に狂いが生じてしまう。その分析のために貴重な情報である。宗教、民族的な問題はもとより、おそらく言語政策と中央アジア諸国との国際関係が新体制の鍵になりそうである。さらにターリバーンが手を染めているといわれる麻薬生産や、教育程度の驚異的な低さなどの社会問題も今後の課題となる。

臼杵発表

臼杵さんの専門はパレスティナ問題である。配られた資料に、臼杵氏執筆の読売新聞ゲラ刷りのコラムがあったのだが、臼杵氏によると大阪文化部の依頼で書いたのだが東京でこのようなテロ擁護の原稿は掲載できないと落とされてしまったそうだ。私の読む限りまとまな議論のように見えたのだが、読売新聞のような大新聞にまで偏見のまなざしが共有されていることに驚いた。ちなみに産経には臼杵氏の原稿は何の問題もなくあっさり載ったそうであるからこれは右左の問題ではないのだろう。

さてその議論の内容であるが、重要なのはパレスティナ問題とのリンクである。アフガニスタンに対する攻撃にムスリムが根強い反感を持つのは、アメリカの政策がdouble standard(二重基準)と見えるからである。なぜならイスラエルのレバノン侵攻やパレスチナにおける弾圧は、ほとんど人権無視であり、また安保理決議勧告にも従っていない。そのような状況であるのにイスラエルには何の制裁も加えられていない。ところがかたや被害者が合衆国となると、大使館爆破テロの際には一方的にミサイルを飛ばして民間人まで巻き込んでいる。つまりイスラエルに対してはアメリカのいう「正義」が適用されないのに、ムスリムが相手の時には適用される。これはdouble standardではないのかという議論になるのだ。

さきにもふれた通り、ビン・ラーディンが文明の衝突論を適用して、合衆国をムスリムの敵とするためのイスラーム法理上の基礎はジハードにある。であるとすれば、合衆国はその根拠となっているサウジアラビア駐留やイスラエル政策に再考の余地があるのではないか。

「中央アジアとアフガニスタン:90年代からの動向」(小松発表)

小松さんの専門は中央アジアである。

小松さんはまずソ連崩壊による中央アジアでのイスラーム復興が顕著であること、それに対して中央アジアの権威主義政権はイスラーム復興運動はきわめて危険であると認識して弾圧していることを説明。そのうえでイスラーム解放党Hizb al-Tahirやウズベキスタン・イスラーム運動とターレバーンやビン・ラーディンとの結びつきについて解説された。ここで思い当たるのはエジプトにおいてナーセルや、サダト、ムバーラクが、イスラーム復興運動を徹底的に弾圧し、そのことによってまだしも穏健なムスリム同胞団からジハード団を分派させ、ねずみ算的に過激なグループを生み出していった過去である。過激派テロの背景にはやはり権威主義独裁の弾圧があると私は考える。そしてそれを支援しているのは合衆国である。懸念されるのは、この動きが中央アジアにとどまらなくなる時のことである。中央アジアのウズベキスタン・トルクメニスタン・タジキスタン・カザフスタン・キルギズの5カ国だけがイスラーム国であるわけではない。ロシア連邦内のダゲスタンやチェチェン、大きな人口をもつ。またウィグルを抱える中国にも飛び火しかねないのである。

この地域における国際枠組みは、イラン・トルコ・パキスタン+中央アジア5カ国、アフガニスタン・アゼルバイジャンによる経済協力機構があるがこれは目下機能していない。政治的には、中国、ロシア、カザフスタン、キルギズ、タジキスタン、ウズベキスタンによる上海協力機構がある。上海協力機構はキルギズにおける日本人拉致事件のころから、テロにぴりぴりしていたが、その結束をさらに強めたように見える。このようにまだ国際体制が脆弱で中央アジアにおける国際政治状況はやわらかい。中央アジアに対する最大の支援国である日本がどのように行動するかは日本では関心を呼ばないが、この地域においては非常に重要であるという指摘は重い。

「レバノン・シリアからの視点」(黒木発表)

黒木さんの専門は、近代シリア・レバノンである。

まず最初に『政治学事典』弘文堂,2000,p.774と長尾龍一『政治的殺人――テロリズムの周辺』弘文堂,1989,pp.148-153をひいて、テロリズムの定義論を展開した。これによるとテロリズムの定義は実に困難で、客観的なタームというよりは、主観的なレッテル付けの用語と捉えるほうが運用しやすいという点の指摘があった。つまり言い換えれば合衆国によるアスガニスタン攻撃があるとすればこれは国家テロリズムともいいうるということであった。

第二点として重要なのは、国家対非国家戦争は今回が初めてではないという指摘である。これは1982年~2000年のイスラエルによるレバノン戦争を指す。ここでは、前半はPLOを、後半はヒズブッラーをレバノンから駆逐するために一方的にイスラエルが戦争として発動したものであった。

第三点は、「テロリズム」の発生はおそらく貧富の格差の問題ではない、という指摘である。今回の事件でも欧米留学組がからんでいることは疑いないわけで、とすると、むしろ政策としてのdouble standardが問題となるのである。

相互にいがみ合っていた中東諸国が、バッシャール・アサドのシリアを中心とした関係融和が近年著しいとの報告も得た。

酒井発表

とりあえず今回の事件にイラクは無関係であろうということである。

そのうえで、近年のイラクをとりまく状況を話された。近年、イラク原油は再び世界の原油供給の5%を占めるに至りその重要性は大きくなっている。このような状況においては、いたずらな経済制裁はかえって制裁国の首を絞めることになるわけであるが、一方で軍備強化を阻止せねばならない。ここに英米は2001年7月「賢い制裁」を安保理に提案するも失敗、イラクはなお国際的重要性を増しているとの報告であった。

先に権威主義政府が過激派の温床という指摘をしたが、酒井氏は若干異なる認識を示された。一般的なイスラーム復興運動過激派は、自国の政府を攻撃対象とする。あるいはパレスチナ人はイスラエル政府を攻撃し、その支援をおこなう合衆国を敵視する。これに対し、ラーディンら「アフガンがえり」はアフガニスタンでの対ソ闘争から帰ったとき目にしたのは、合衆国軍に空爆されるイラク民衆であり、聖地を占領したように見える合衆国軍であり、合衆国の武器でころされてゆくパレスチナ民衆であった。ここに「アフガンがえり」たちは、理念的であれこそすれ究極的な敵は合衆国であるという認識にいたった。という見解である。さらに地域型イスラーム主義もこのような行動に走る可能性がないではない、との認識も示された。酒井氏の「正義を奪い合う不毛」という言葉は重い。

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