篠原千絵『天は赤い河のほとり』全28巻

最近わたしが読んで気に入った漫画に、篠原千絵『(そら)は赤い河のほとり』全28巻, 小学館(フラワ-コミックス), 1995-2002.がある。現代日本の少女が、ヒッタイトの皇妃の魔術でヒッタイト世界に引きずり込まれてしまう。皇妃は我が子である末の皇子を次期皇帝とする生贄をもとめて魔術をおこなったのであった。しかし引き込まれた女の子ユーリは皇妃の敵である第三皇子と恋をして、皇妃の陰謀とそれにまつわる政治の舞台で戦い、そして時に冒険をし、やがて皇子と結婚し新皇妃として帝国に君臨してゆく。基本的には、少女の成長物語で、王子様物語なので、べたべたといえば、そのとおりである。

一番頻繁に指摘されることに『王家の紋章』との類似がある。確かに物語のきっかけは、ほとんど同様だし、王子様物語の点も、現代の知識をつかって古代(というより考古学年代)を生き延びるという点も同様である。であるが、本質的な違いがある。それはストーリーの動因だ。『王家の紋章』は、さまざまな「王子さま」が登場し、そのうえでひたすら横恋慕と陰謀と誘拐だけが永遠に連なっている。「王子さま」たちは政治も軍事も全て無視してでも決してキャロルをあきらめることはない。その永遠が、あまりに単調なのだ。それに対して、『天は赤い河のほとり』では、すこしずつ環境が動く。『天は赤い河のほとり』の王子さまたちは、なし得る政策合理性と己の感情の中を悩みつつ進んでゆく。なによりもラムセスはユーリを「あきらめた」。『天は赤い河のほとり』には若干のリアリティがまだ残存しているのだ。その点で鉄器や馬といったものにかかわる研究をトレースしているように見えるのは、好ましい点だ。おしむらくは、騎乗している絵に「鐙」が描かれていること。鐙の導入によって、軍事力としての馬の価値は四倍増に近い。そしてこの時代、鐙はまだ発見されていないであろう。馬に注意を払った作者であっただけに、残念である。とおもったが、よく考えたらユーリが鐙に思い至らないのはおかしい。私は経験があるが裸馬に乗るのは本当につらい。ここは欠点である。

一方で『天は赤い河のほとり』には、『王家の紋章』に見られる現代と過去の相互通行性がない。これがあれば巻数倍増でよりおもしろくなっていただろうに、と私には悔やまれてならない。が、それはそれでよいのだろう。解決のつけようのない問題ではあるのだから。

「篠原千絵『天は赤い河のほとり』全28巻」への1件のフィードバック

  1. 絵に鐙は出てきませんね。この漫画はけっこう歴史を踏襲しているので
    ユーリが鐙に思い至るのは反則です。ユーリはキャロルと違って
    未来人であることのアドバンテージは使いません。

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