ただ照りつける太陽を浴びて

  • 頭が飛んだままであるが、とりあえず復習。をを。なんと忘れている! 睡眠の忘却効果とは驚くべきものがある。昼過ぎておなかが空いてきた。お米が底をついてるし……というわけでクラナッハへ。いつも通り適当に喋り適当に珈琲を飲み……。学校に行っていくつか調べたいテクニカルタームを調べよう、とか考えているうちに時間はただただ過ぎてゆき。結果として、ひたすら『現代中国の構造変動』を読んでいるだけでおしまい。あぁ、あと『東京大学は変わる』とか『アジア国際通商秩序と近代日本』とか読まなくちゃいけないのに。でも。とりあえず進路に関係のあることをいっぱいしなくちゃ。英語英語。10年分の遅れって、すさまじいよね。
  • しかーし。気合いでなんとかなると信じなくてはとてもやってられない。
  • 夜。おなかはすくし、さびしいし……またお酒をのんじゃった。ほんとによっぱらいって仕方ない。明日も暑いみたい。
  • 日経の「経済教室」でのネット型経済にもさまざまな種類があり、米国のようにモノをただモノとして見る社会と、商品に一種のライフスタイルを見てそれも併せて消費するような日本の社会では、そのあり方は変わって来るであろうという主張に納得。日本ではIDでかなりパーソナライズされたサーヴィスを提供しなければ、あまりネット経済は拡大しないということだ。その意味で当初からIDが付与されているi-modeの可能性は大きいとおもう。
  • 紫陽花も艶がない。くそ高所から照りつけまくる太陽のせいであろう。NHKで言っていたが、この19日は晴れることが多い日だそうだ。しかし梅雨の晴れ間も2日でも続くとそれが常態に思えてしまうとは、いかに自分の環境に関わる記憶力が弱いかということを現しているように思える。札幌の太陽はもっとやわらかな光を届けているのだろうか?
  • さまざまな地に飛んでいった先輩たちを思うと、手紙を書きたくなってくる。i-modeのメールとかもあるのだけれど、やはり手で書いた手紙を書きたい。こんなときに字のひ弱さがつらい。私の肉筆の字は汚いということもないのだが、なんとも稚拙で流麗さがない。そんなおかげで筆無精となってしまっているのだ。手紙をもらうのは大好きで「効率上どんどん捨てるべきだ」とか公言しておきながら、ひそかにいただいた手紙を文箱にとってある。で、とりだしては葉書の選び方のセンスとか、字の美しさ、使い慣れた挨拶の文言に、負けた、と感じている。やっぱり書かないとこういうのって身に付かないとは思うけど、……うーん。私の大好きなゼミの先生と中学校の先生の葉書が特にすばらしい。いつになったらこういう手紙を書けるようになるのだろう。まぁメールもきっと同じなのだろうけれど。
  • 話の流れ。携帯のメールって出して戻ってくるといいけれど、戻ってこないと不安になる。郵政省メールやデスクトップなE-mailに比べて手軽なだけになおさら。用事にしろなににしろ、そういうときに初めて電話が登場する。コミュニケーションのツールもやっぱり階層化されている。どれがデータリンク層なんだろ(笑)

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