電話嫌いのいいわけ

電話とはしゃべるための道具であり、たいていの電話は、一人の人間を一人にしばりつけ、同時並行の作業を拒む。この排他性こそが電話の効用であると同時に、電話へのためらいともなるのであろう。着信のうれしさ、発信のめんどうくささ。あんびばれんす。

逆にいったん回線が開かれてしまえば、その回線自体には快感があるといってもよいだろう。それだけに長電話が増えるのだ。

ふむ。何を話そうとしていたのか?

朝、7時頃に自宅へ戻る。寝る。これで健康な毎日とお別れかともおもったが、夜帰ってきて寝ることはなんら苦痛でなかった。すぐに眠れた、すばらし い。が。最近のルーチン化してモチベーションが落ちている勉強にも気合いが入るというものである。すこしは変化があったほうが良いだろう。

16時。図書館にいる。「日本の近代」の現代部分を読む。読み終わってしまう。げ。遊んでしまった。にもかかわらずその後「中世小山氏の研究」なるものを読み、「電気通信工学」の最新号を読み始めてしまい、結局勉強せず。まずいだろう。明日だ。

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