洗練のスタイル

庭の紅梅がちょろちょろと咲き始めた。咲き方はちょろちょろなのだが、その紅さはまさに革命的力強さに溢れる。冬の間の「神の休戦」に別れを告げ、いよいよ闘いの春が始まる。

土曜日は日経ネタの日である。まず16面のLRT特集から。今、ヨーロッパでLRTを利用した路面電車の復権が盛んである。そして日本でも各自治体でその芽が出てきている。LRTは渋滞、環境汚染、老人福祉、都市中心部の復権に有効な処方箋である。この流れはすでに5年ほど前から伺えたが、ここ1年で急速に日本でも人口に膾炙してきた印象がある。自分が提案したいと思っているときにはすでに実現しようとしている人がいるものである。

さて。ここで注目したいのはこれがヨーロッパの流れである、ということだ。アメリカはデンバーやダラスなどで実現しているが、ヨーロッパの総量に比べれば微々たるものである。これは都市のあり方の違いに帰納しよう。ヨーロッパの数十万単位の都市がちらばるかたちである。そして車に対する反感もそのなかにはあるのではないだろうか? 郊外の大型スーパーより都市中心の小売店を愛する歴史的心性もあろう。

ここで日本は都市の構造から、またきわめて歴史的な町並みを多くの都市が持っていることから、LRTは実現すべきである。佐藤伸行亜細亜大講師によると、自動車の利便性の制限は日本人の好みに合わない可能性もあると指摘しているが、ここ最近の都心への車の乗り入れ規制構想などを考えるとすでにそんなことは言っていられないとおもわれる。政府も大きな政府たらずとも少なくともヨーロッパ型の都市計画構想は持っていたほうがよいであろう。

続いて17面。シンポジウム「新生インドネシアと日本」報告。白石隆が「文化、言語、出身地の違う人々が一つの国家を共有することは、その国家が夢でなければならない」と指摘しているのが印象的であった。まさにアイデンティティーそれぞれに国家をもとめるとぐちゃぐちゃになるだけのインドネシアは夢足らざるをえないのだろう。としたら。政治・経済の諸問題が解決されねばならない。前者はワヒド大統領のもと着実に進んできているように見える。ここ1週間で報道されているとおり、国軍はウィラント調整相の辞任問題にかんして大統領を支持する旨の発言を続けている。もし軍を大統領が掌握しているならこれは相当に大きな進歩だ。文民がコントロールする体制に一挙に進めたことになる。ただし武器の紛争地域への流入規制を厳密に実行できない場合、国軍の影響力は増大する。その意味では民族問題は頭が痛い。そしてもう一つが経済問題であろう。金融状況の極度の悪化によってインドネシアの債務は大きく、今年度の赤字もGDPの5%にも達するという。こればかりは援助無しには乗り切れないように見える。まさに四面楚歌の状況だが、これを切り抜けたとき、インドネシアは再び一つの「モデル」として人々の前にあらわれる可能性があるほどに潜在性があるように思える。

27面。X-NIKKEI。マル止め現象。面白い。「。」は視覚的記号へと変化したのだ。だからこそ、ICQなんかでもえ。。。え。。。。えーっ。。と使えるわけで、そして「.」のドット読みが広まったのもそれと同じ理由らしい。

それから携帯電話からファッション性が薄れたという報告。すでに着メロ、ストラップは飽きられたようだ。昔の黒電話の受話器を接続できる「おもいっきり黒電話」などというものも出回っているようだ。携帯自体誰でも持ってるし、誰でも着メロをつくれるからだ。もっとも私はJRの車内音を着メロにし、VAIOストラップを渇望する「おたく」なのでまだまだ熱は冷めない(笑)

明日はいよいよラグビー日本選手権の開幕だ。わが慶應義塾は秩父宮第2戦でNECとあたる。同じ三田対決。三田の街は沸き返るだろう。

「日本映像の20世紀」を見る。庄内が特にクローズアップされている。庄内のような県第2の中心のような場所が注目される気がする。

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