旅立ちの朝は霧雨

10時起きる.ややまぶたが重い.さくさくっと用意をしてクラナッハへ.結婚式参列という用事もあるので,どうしても荷物が多くなり不愉快.おまけに出てみるとまたも霧雨である.幸先が良くない.

11時50分,東京駅.いつもながらに旅は丸の内北口に始まる.新幹線コンコースへと抜けて17番線へあがるとすでに700系が入線済み.LED表示なのですぐに西編成とわかる.電源の用意されている車端をわざわざ指定してあって,アサインは16号車1番E席.テクテクと一番後ろまでゆく.運転台戸口を見るとB28編成だった.ヱビスを3本買い込んで,囲い棚に落ち着く.定刻12時13分,スムーズな滑り出し.NECスーパータワーを認め,とりあえず旅立ちの乾杯を三田へ.王維曰く「君に勧むさらに尽くせよ一杯の酒.西の方陽関を出ずれば故人なからむ」.

4月初めの1週間に静岡あたりまでは5往復くらいはしているので,さすがに車窓は復習となる.さらに雲がたれ込めており,遠望は無理だ.品川,新横浜に止まり,以降順調に飛ばす.「コスメティック727」とか「銀座ステファニー」とか「穴吹工務店」とかおなじみの広告群を見て静岡県に.今の時期茶畑の整った緑が鮮やかに波を打っており,曇天でも色が映える.まともな瓦屋根が多くなってくると掛川.東海道ではめずらしく町並みの美しい都市である.うれしくなってヱビス2本目.浜名湖を見て,豊橋まで来ると著しく家作が増える.飯田線の車両が遠くに見えて昔が思い出される.

名古屋定刻.JRセントラルタワーの最上部に雲がかかっている.おそろしく雲の低い日だ.隣席が降りる.おそらくは博多まで誰も来ないだろう.一定の乗車もあり,清洲をかすめ,濃尾三川を渡って濃尾平野を縦断,伊吹の山中へ.一面にガスがかかっている.近江八幡城址を右手にし,黒くよどんだ町並みが広がり栗東に近づくと,すぐに新逢坂山トンネルを抜けて京都.車窓から京都らしさは認められない.ただの汚い街だ.教王護国寺塔を左に,やがて天王山を右に認めて新大阪.新横浜以東からのほとんどの人が降り,車内は一気にゆったりした雰囲気になる.新大阪からの乗車は10名ほど.

ところが,これが問題で,並びのA席の関西人のDQNっぷりが驚くほど.まず新神戸まで電動ヒゲソリでずっと髭を剃っていて,うるさい.続いて岡山まで携帯の着うた(それもラップ系)をそのまま鳴らして聴いている.あり得ないほどうるさい.ついで福山まではおとなしかったが,けたたましい着信音があって,そのまま通話(ここで関西人とわかった).トンネルに入る度に回線は切れるのだが,本人も切れて毒づく.ますますあり得ない.なんとなく先が見通せるような出来事だ.

車窓に戻る.西日本で元気に運用中の100系とすれ違い姫路通過.駅から歩いていける白鷺城の天守閣さえも今日はけぶってみえる.街を離れトンネルを出たり入ったりすると,やがて車窓に見える里山が,東海道区間の植林とは違ってさまざまな緑が美しく織りなす広葉樹林となる.その中にこぢんまりとした鳥居が見えたりする.山陽区間は,トンネルばかりで何も見えないという印象が非常に強い.しかし,外に展開するのは驚くほど目に優しい景色である.ヱビス3本目.

クリーン・サーヴィスの人が回ってきたと思ったら,あっという間に岡山.雨は上がったようだが,未だに雲は低い.ダテではない285km/hで軽快に飛ばして,お城のやたら近い福山(ついでに出発すると,際だって異質なカテドラルがみえる).駅の南側の人は新幹線の高架がなければお城が見えるとおもうと,街を壊したのかとも思う.コメット注意版確認.義務を果たした気がするのでビールを3本買い足す.16時19分広島.DQN下車.再び雨が降り出す.山陽の主要駅ではどこでも駅前ででっかいマンションを建てている.

新岩国定通.薄日さす.安堵.気分がよくなり,さらにビール.徳山からさらに空が明るくなる.岩がちの雄々しい山々が姿を現すと小郡は近い.到着案内があったら左手を見るとよい.転車台(ターンテーブル)が見えるはずだ.と,小郡ではなくいつの間にか新山口になっていた.ぶっちゃけここは山口ではないのに.わかりやすすぎるのも考え物だ.小郡は小郡でよい.新下関をとおる頃には青空さえのぞく.これこそがTさんパワーだ.ぽーっとしていると猛スピードで関門を越えて鎮西,今度は右手に海を望む小笠原十七万石の小倉.絹雲たなびく空は晴れ渡っているといってよいほどだ.小倉-博多間山陽新幹線は初乗車だが,あと20分ほどで「のぞみ」に別れをつげなければならないと思うと涙がこぼれそうでビールを飲む.西日を浴びながら遠賀川を渡り,街の中に入って定刻17時30分.27A「のぞみ27号」は定刻に博多駅17番線に到着した.

私は物事を覚えるのは苦手だが,景色を覚えるのは得意だし,その景色からいろいろなことを読み取るのも好きだ.毎日の通学路でさえ,なにがしかの発見がある.移動,それも普段通ることのない道のりの景色を見ていれば,発見は連続し,考えるいとまもない.さらに,今日は新幹線なものだから1200km分5時間で処理しなければならない.とにかくワクワクするものばかりだったが,たったの5時間.あっという間に博多に着いてしまった.『街道の日本史』15冊分を5時間.なんということだろうか.毎日,こんな長距離を移動して過ごしたい.見るということは知るということの第一歩なのだ.車掌さんたちはなんと多くのことを知っているのか.私も機会さえあれば,『街道の日本史』ならぬ『車窓の日本史』を書いてみたい.窓から見えるもの一つ一つに歴史がある.日本なればこそ史料の厚みたるや,測ることさえ難しい.

新幹線ホームでB-samaと感動の再会.なにに感動したかといえば,入場券を買った人を久しぶりに見たため.正直,旅の目的は果たしてしまったので,地下鉄にのって空港から羽田へ行きたくなるが,ぐっと抑えて鹿児島本線に乗り換えて香椎.山あり谷ありの獣道のような嶮岨をたどりB-samaの庵へ.セコム先生と戦って玄関に入るといきなりPC系の段ボール鎮座.B-samaらしい.お祖父様の表彰状とかごろごろ.すごいな.肖像にご挨拶して荷物をおく.まずはネットワーク設定.ずいぶん難航した.絶対B-sama側の設定に問題があると思ったが,教えるMACアドレスを間違えていた.すまぞ.寿司.おいしい.おごり.N家歴代がひいきにしていたらしくB-samaも顔らしい.街自体はやや猥雑な雰囲気.一駅前の千早とともに東部副都心として整備中らしい.

もどってMさんに生存報告.のち酒飲んで寝る.ぶっちゃけこの時点では結婚式に行くのが非常に面倒くさくなっていた.

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