ビーヴァー, アントニー, (堀たほ子訳)『スターリングラード―運命の攻囲戦1942-1943』

500頁強の大著の戦史。日本では「太平洋戦争」の印象があまりに強く、第二次世界大戦の欧州戦域に関する関心は強くないが、スターリングラード戦は、太平洋戦域におけるミッドウェイ海戦およびガダルカナル争奪戦と同様、連合軍と枢軸軍の圧力のベクトルが逆方向になった重要な戦闘である。本書はそのスターリングラード攻囲戦をロシア、ドイツそれぞれの一次史料に基づいて再構成した戦史ノンフィクションである。ほぼ1年にわたるスターリングラード戦が独ソ双方の側からきわめて緻密に描かれている。

バルバロッサ作戦発動時のスターリンの指揮の粗雑さとうろたえぶりは最悪であり、スターリングラードまでのドイツ軍の侵攻を招いた重要な要因である。一方で戦略的にモスクワ以上に重要とはいえないスターリングラードに必要以上にヒトラーはこだわり、些末なことまで口出しをして前線の大混乱と最終的な壊滅を招いている。その意味では著者の「スターリングラード戦はスターリンとヒトラーの個人的な戦いの代理戦争であった」という指摘は非常に正しいように思われる。おそらく第二次世界大戦を通じて、もっともブラッディで破滅的な戦場はスターリングラードであっただろう。そして戦術戦略にはただジューコフによる大包囲戦のすばらしさが目立つのみで、とにかく両軍は長い間ひたすら血を流し続けただけである。そのような戦場を丹念に描く本作は、戦争をめぐるノンフィクションとして非常にすぐれたものと言える。

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