英文和訳の諸問題

ここのところ、やっきになって英文和訳の練習をしている。とりあえず大学受験の参考書をひたすらやっているというのが現状であるが、そこそこのレ ヴェル以上の参考書になると、構文を説明するための例文で、知らない単語だの熟語だのが頻繁に登場して、とてもではないが構文どころではなく、閉口してい る。やはり語彙が少ないということは致命的なのである。

しかし、そのような致命的状況にありつつも、やはり和訳の問題は気になって仕方がない。不自然な日本語は、気にかかるのである。

英文における単語を単に日本語に置き換えるだけでは、和文として読むには程遠い文章ができあがるだろう。したがってなるべく日本語として理解しやす いように訳すことになる。しかし条件として、和文英訳の原則として、原文にある要素を変えてはいけないというのがあるらしい。これが難題なのだ。原文の要 素を日本語でそのまま全て表現できるわけはないので、原文の内容をいかに損なわずに、日本語としても自然な文とするか、この矛盾の調整が訳ということにな るが、実に難しいのである。

但し上記のようなことを意識することは、英文の内容も満足に理解できない私のような者には、英文の理解そのものの学習に害をなすだけだと思う。従っ て、ここでそれを吐き出してしまい、今日からしばらくは意識しないですむようにして、勉強に資することにする。内容については、一応、私の英語の先生に確 かめてはおいたが眉唾ものと思って読んでいただきたい

例1 ニュアンスの違い

The English people were very eager that the Queen should marry and leave an heir to the throne.

この文章の訳文として、もっとも一般的なのは次のようなものだろう。

英国民は、女王が結婚して王位後継者を残すことを強く望んだ。

学校の授業などでこのような文章に慣れてしまっているので、たぶんあまり違和感を感じないかもしれないが、日本語としては少々ひっかかる。

まず「英国民は……強く望んだ」。日本語では「……国民は」を主語にするのは、相当にフォーマルな文章に限られる。国会での決議を経て国民的意思と して発出する文書などで使われる文章で、「……市民は」や「……社員は」などでも同様であろう。つまり一種の宣言文の形式なのである。原文がこのような フォーマルな文章である保証はない。日本語で「……国民は」とするとフォーマルな感じが出てしまうので、原文にない要素を追加してしまうことになる。従っ て主語は明示せず、「……が強く望まれた」が正しい。

さらにleaveを「残す」と訳しているが、「残す」という表現は日本語では「残し(て去 る)」という意味合いが暗示されていることまで考えなければいけない。つまり文脈上女王が子供を作って死んでしまうまでを想定していることが文に露骨に現 れてしまう。極端にいえば「子供を残して死ぬことを」望んでいると解せるのだ。これはいけない。英語でも「残して去る」がleaveの語義であるが、この場合のように「子供を作ることを望む」という時に、英語ではleaveを 用いるのが、自然で普通の言い回しなのかもしれない。そうであれば「残す」ことは意識されても「死ぬ」のほうにはほとんど意識されないだろう。しかし日本 語では「残す」をこのような文脈で使うのは稀であり不自然である。にもかかわらずあえて「残す」が使われているということは「残して死ぬ」の「死ぬ」を強 調したいためであろうと推測されても仕方がない。つまり女王自身はどうでもよいということが強調されてしまうのである。「残す」では英語にない「残して死ぬ」という強烈なニュアンスが付け加わってしまうのである。これは原文にない要素を付加してはいけないという英文和訳の原則に違反することになるのである。したがって「継嗣を儲ける」くらいが妥当だろう。

しかもこの文章では、「女王が結婚して王位後継者を残すこと」が「国民が強く望んだ」ことである。文章の骨格に「女王が……すること」と「国民 が……を望む」と主述関係が二重に存在している。このような複雑な文もあまり好まれない。この場合は「女王の結婚と継嗣の誕生が望まれている」が好まし い。これでようやく不自然ではなくなる。

また「英国民」という訳もおかしい。前後の文脈がわからないのでなんともいえないが、英語の世界ではイギリスとイングランドが日本語におけるよりきちんと区別されていることを考慮せねばならない。English peopelであってBritish peopelと は書いていない。たとえばこの文章が十六世紀の出来事について述べているかもしれないことを考えれば、「イングランドの人々」がより正確である。もし筆者 が「連合王国民」の意で用いたのであれば、前後から推測するしかないがここではそれができないので、イングランドと考えたほうがよい。なお「王位後継者」 などという言葉はないので「王位継承者」が適当。上記をまとめると次のようになる。

イングランドでは、女王の結婚と継嗣の誕生が強く望まれていた。

例2 日本語での使役的表現

英語の発想法は日本語の発想法とは異なる。当然のごとく、新聞記事でも力点がおかれる場所が変わってくることが想定できる。英語では主語が非常に明 瞭に示される。これは日本語にする上で非常にやっかいである。英語での主述関係において、形式主語itを日本語では明示しないのは当然としても、それ以外 の場合でも主語を全て明示すると、日本語としては窮屈に過ぎることが多い。

さらに他動詞の使役的表現は、もとの英語でのニュアンス以上に日本語になった時に強調されてしまうことも多い。とりあえず訳してみた文章が次のようであったらどうであろうか。

横浜市民は、その市長選挙で高齢でその当選回数の多い高秀現市長を嫌って、中田候補を当選させた

不自然である。日本語の表現では「当選させた」という言い回しが自然に感じられない。さらに「その当選回数の多い」という表現は「その」という指示 語が読み手に「どの?」という疑問を抱かせ理解を妨げている。原文では関係代名詞が用いられているので、「その」が出現するのは「高秀現市長」より後ろで あるが、日本語では前になる。一般にこの程度の簡単な文章で指示語を用いるべきではない。名詞化できる時は、著しく難解な名詞にならない限り、できるだけ 名詞化するのが作法である。

さらに英語では「高秀現市長を嫌って」いるのだが、日本語でそのよう
に書くと人格否定のニュアンスが加わってしまう。それは原文の意図するところではない。したがって高秀現市長の属性を嫌っているという風に表現を改める必要がある。

横浜市長選では、高秀現市長の高齢と多選が嫌われ、中田候補が当選した

こちらのほうが自然な言い回しとなる。背後で「横浜市民が多選・高齢(の高秀現市長)を嫌った」ことは示されても括弧の中は文章には表さないし、その結果「中田候補が当選させられた」のであっても文章上はあくまで「中田候補が(自然に)当選した」とするのである。

報道文では、普通「……が嫌われ、……になった」という言い回しを使う。「……を嫌い、……になった」という言い回しは、「(市場が)……を嫌い、値を下げた」のようにきわめて特殊な場合にしか用いない。

例3 指示語と代名詞をめぐって

以下の例を見てみてる。

He had to decide whether to abandon these principles, rationalize them out of existence and thereby cling to security and comfort.

まず一般的な訳。

彼はこれらの原則を放棄し、理屈をつけてそれを消滅させ、それによって安定して快適な生活を守り続けるべきかどうかを決定しなければならなかった。

このとき、一つ目の「それ」と二つ目の「それ」が異なっていることはお分かりだと思う。一つ目の「それ」は「これらの原則」を指し、二つ目は「そ れ」は「理屈をつけてそれを消滅させ(ること)」を指す。文法上問題ないかもしれないが、このように一文の中で指示語が三回も出てきてそれぞれ内容が異な る。しかも一つ目の「それ」は「これらの原則」を受けており指示語の内容が同じなのに、すぐに指示語で受けなおすという癖も日本語としてよろしくない。こ のような文章は日本語では読み手を混乱させる悪文である。

できればそれぞれ内容を繰り返すのが好ましいが、繰り返した結果あまりに文章が煩雑になるのなら、次のような訳が適当だろう。

これらの原則を放棄し理屈をつけて消滅させそうすることによって安定的で快適な生活を守り続けるべきかどうか、彼は(それを)決定しなければならなかった。

英語ではなんでもかんでも代名詞で受ける癖があるが、日本語ではあまりに気持ちが悪くなる。指示語の内容を考えて、内容が述語を備えた節を受けるよ うなら「それ(これ)」ではなく「そう(こう)すること」などのように若干の補足を加えるべきである。また疑問形容詞や接続詞などでまとめられた従属節が 延々と展開されている場合、日本語では上に示したように最後に「……かどうか」というまとめの言葉が入ることになる。そこに対格助詞「を」を加えると文の 構造の複雑さが一気に増す印象を与えることになる。あえて示す必要はない。「彼が決定する」のは「……かどうか」に決まっているからである。もし必要な ら、ここで「それ」という指示語を使ってもよい。「……かどうか、それが……である」や「……とは何か、それは……である」といった言い回しは特に強調構 文ではない。このような言い回しと指示語の使い方が自然である。

なお、「安定して快適な生活を守り続ける」では「(安定して快適な)生活を守り続ける」と読むのは難しい。「安定して(快適な生活を)守り続ける」 のように「安定して」は「守り続ける」を修飾していると考えるのが普通である。従って、安定と快適を並列させるには「的」という便利な接尾辞を用いて、 「安定的で快適な生活を」とした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*