Communication as Freedom

どうもこのゼミは酒が好きらしい。毎日発表が終わると、酒宴が繰り広げられる。なんと酒代だけで千円/人・日である。あまり飲まない人もいるわけ で、朝起きるたびにビール缶がごろごろというのはおそろしい光景である。特に際立って飲むのが先生。しかも3年生と一緒にプロレスごっこしたりしている し、見ようによってはガキっぽいが非常に若い。この先生がいるから、と3年生にいわせるのだから、その魅力は相当のもの。

これだけコミュニケーション能力があってかつ、実務能力もあって、そのうえ素晴らしい研究を出している。恐れ入るものである。この人と私は違うと思いつつ、一つの目標としたいと思った。キャッチアップは急速に集中的に行わなければならないのだ。

現地で気合いでレジュメを切る。東洋史のゼミではあるが、強引にイスラームを絡めて、とんでもない議論を展開した。中世以来のネットワークは、近代 にいたって死滅したのではなく、ウォーラーステインの世界システム論が示唆するように、国民国家システムという政治の枠組みは、むしろ近代にいたって歴史 的に連綿と続くことを要請されたネットワークの一変態であって、昨今の電子ネットワークの発達は、基層としてのネットワークの復活であるという議論であ る。つまり国民国家システムが基層なのではなく、あくまで歴史の一特殊系であるということである。しかしながらあまりに議論がでかすぎてまとまり切らず。 というより参考文献が多いあげくに、実証的資料が少なすぎるのだ。が、人々がいかに幸せを実現しようとし、その反動として、幸せを実現するための制度が不 幸をいかに呼んだかを知るためにパースペクティヴとして知らねばならないことだと思う。

とにかくほとんど政治学の勉強はできなかった。すずしい小淵沢にはいたのだが、東京が恋しかった。院試を控えてしなければならないことと私を呼ぶ想いのかたまりはやはり東京に山積していたのだ。避暑というには、あまりにタイミングが悪かった。

柔らかく人とつきあい、かつ自分を自分でたててゆく。すなわち自分と他人と自由をうまく調和させる。簡単なことだが、経済的問題と、時間的制約を考えるとあまりに重い。一日とて晴れる日はなく、霧がたれこめた。八ヶ岳はついに姿を見せなかった。涼しい日々が続いた。

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