突然の秋らしさに

昨日は一日シャッターを閉じきったままであった。今日からの合宿に備えて面倒ながらもがりがりと論文書きの資料の下調べをしていたのである。私の部屋は角部屋なのだが、シャッターを閉じきると朝だか夜だか全くわからなくなる。そのような環境でひたすら珈琲を飲みながら、書物を読みあさっていたのである。

16時頃一段落付いたので、シャッターを開けた。驚いたことに、外は冷房をしていた室内より圧倒的に涼しかった。家島彦一さんの論文を読んでいたら、風の音でシャッターが鳴っていたので、雲が流されただろうくらいは想像が付いていた。が、これほどにすっきりと晴れ上がって柔らかい日差しになっているとは驚いた。一昨日が異様なまでの暑さだったことを考えると信じがたい。これほどに爽やかな日であったら、奥多摩のほうにでもハイキングに行っていれば良かったとも思った。涼しい風の中、曼珠沙華の揺れる田舎の風景は平和そのもので、いろいろと考えることもあっただろうに。

夜。わが友のりたまが用事があるとかで東京にきているので、ご飯を一緒に食べた。東京駅は、あまりに東京のど真ん中すぎて夜になると食べ物屋が激減する。八重洲の地下街をふらついてどこかないかと思ったが、ほとんど選択の余地なくあやしげな中華料理屋で普通のラーメンを食べた。あやしげではあったけれど普通のラーメンが妙に懐かしかったのも本当だ。そのあと国際フォーラムを通って日比谷まで散歩し、家に帰った。国際フォーラムの妙な雰囲気は結構楽しい。カップルがいっぱい。旧都庁の跡地ということと関連づけると妙なおかしさがある。帰ったら異様に眠かったので、酒をかっくらって寝た。まだ論文は全然完成していなかった。

というわけで、今日。かったるいまま、起き出したのは昼頃だった。朝起きてからいろいろ書こうと思っていたのだけれど、昼になってしまったのだ。「私の青空」を見て、クラナッハでトーストの朝食。結局、論文はどうにもならなかった。車で行くときの集合時間1000時三鷹もとっくに過ぎている。こうなったら、だらだらと新宿まで行って、特急に乗るのみだ。論文は現地で追い込もう。せいぜいたばこをふかしながらの旅を楽しむしかないだろう。家に帰って、PCからなにから適当につっこんで大荷物を作る。それから曇り空のなか駅まで歩いていった。妙にだるい。

新宿までの記憶がほとんどない。気が付いたら、「あずさ」に乗って、リクライニングを倒して、半分寝ながら景色を楽しんでいた。関東平野を出て、笹子を越えるとまもなく初鹿野(現甲斐大和)だ。初鹿野のスイッチバックのあとを見ているとやがて少々長めのトンネルに入る。ここから先が中央本線の一つの絶景である。トンネルを抜けると甲府盆地に出るのだが、すり鉢の一番上に出るかたちになっていて、盆地が一望できるのだ。しかも今日はトンネルを越えて天候も変わった。晴れである。ちょうど盆地の左縁からまわりこむようにレールは盆地に降りてゆく。左の車窓に夕暮れの日に照らされる盆地が一望できた。ぶどう畑がきらきらと光っていた。このポイントは中央本線に乗る楽しみである。満足した。

もう一つ、中央本線の旅の楽しみがある。甲府を過ぎて小淵沢の手前、長坂のあたりで左に甲斐駒ヶ岳、右に八ヶ岳を望めるポイントである。ここがまた絶景なのだ。しかし今日は、頂上は雲に隠されて見えなかった。少々残念だったが、そんなことを考える間もなく、小淵沢到着。わずかの乗り換え時間で小海線に乗り換えるのだが、その間に急いでとろろ昆布蕎麦を食べる。小淵沢のとろろ昆布はその昔、海に遠い甲斐では昆布が貴重品だったので、とろろと混ぜて昆布扱いしていたことに始まる。そして蕎麦も八ヶ岳山麓のこのあたりの特産だ。この駅のとろろ昆布蕎麦は名残。この駅で、これを食べるのは、ちょっとした私の「きまり」となっている。

さて小海線にのって甲斐小泉へ。レールは八ヶ岳を避けるかのように大きく右にカーブを描いていく。八ヶ岳のすそ野の形が美しい。やがて森に包まれるとすぐに甲斐小泉到着。運転士に乗車券を提示して、下車。駅前には誰一人としていない。宿までのみちをとぼとぼとま暗い中歩いていく。ススキがもう穂を出していた。萩は枯れかけている。陳腐だが、高原の秋は早い。宿の明かりが見えて、合宿に合流。あとはひたすら飲んでいた。

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