恋愛論の射程

恋愛とは何か? というのは言い古してきたことだが、あえていうと異性間の恋の現象を言語化したもの、ということができる。で、その現象はなぜゆえおこるか? ということについては諸論あると思う。

恋愛論の学

ここで問題にするのは、「飲み」ながら「深く」「語る」恋愛論――よく目にする風景――すなわち「語り」としての恋愛論である。このような恋愛論を行論する多くの話者は、その恋愛観を独自の恋愛観と捉えているようだ。しかしながら、その言葉は非常に何度も何度も語り尽くされた新味のないマンネリなものである。日々、酒場で語られる恋愛論はオリジナリティに欠けているのだ。無に近いスタートラインからいつも議論は始まる。基礎として共有している「知」がない。つまりが体系化されていないということだ。

学的に体系化されていないことは、在野の学が隆盛につながるということは言えるだろう。政治や経済などのように「学」として体系化が進んでゆくと、市井での「語り」はひどく単純で矮小化されたものに感じてしまう。朝日新聞の「声」などその典型ではないだろうか。そして、その逆が恋愛論の例なのだろう。

人と人の結びつきを決定付け、やがては再生産にも繋がるこの感情/事象――恋愛を正面から論ずべきこととして見るのは非常に重要なことだと思う。そして実は、恋愛論を正面から論じ、生み出された「知」が我々の前には蓄積されている。しかし、その「知」が一般に知られないからこそ、非常にレベルの低い議論が繰り返される結果となってしまうのではないかと思う。初歩的な議論というのは何度も繰り返す必要はない。一般のレヴェルの人々に体系化された学を求める雰囲気を作り出すことが重要だろう。学問とは常に生活に密着したものだ。この意識を人々が持つことで初めて意味が出てくる。

恋愛の本質

さて。愛されること、の本質とは何か? たとえば、もてはやされる商品と愛される商品の、性質上の違いはあるのか? 商品同様、人としても愛されることという言葉、そのものの意味はあるのか? 私は「恋愛」を「人と人の関わりの中で、主体においてプライオリティがより高位に位置している他者への感情」の名前としか考えていないが、恋愛至上主義道徳風では、「ある一人」に巡り会い、それは世界中で唯一である、という論になるらしい。しかしどうしてそう断言できるのだろうか? 全人類とめぐりあうことなど不可能であるが、不可能であるだけの多様性と可能性があることを忘れてはならない。

この論が向けられるのは、「そのひとでなければならない」論を唯一の真理として説く人々である。すでに恋人を持ち、あるいは家庭を営み、それを自ら高めてゆくものとして「そのひとでなければならない」という神話を導入するのは、もちろん可である。しかしながらその唯一人を求めて、日々を悲しみ、何もせず、街の底辺をうそさむく歩く姿をみると吐き気がする。なによりも論の妥当性を認知せず、信じ込んでいるからだ。

「至上の一人」はいるのか? その信仰は正しいか?

ついでだから「そのひとでなければならない」論について追い込んでおこう。JUNE小説などでもよくこの構図は適用される。その理由は単純である。同性愛の構図を突き崩すための「逃げ」の論理を作らねばならないからだ。そのひとでなければならない、ゆえに性別は関係ない。こういう論理だ。

この論理の機能は、おおむね二つに分かれる。

  1. 読者に「あなたでなければだめだ」「あなたにこそ意義がある」といってくれる人を期待させること、ないしは現実世界たる日常で「自分が必要とされていない」ということを妄想している人を救済すること。
  2. 世間の目から逃避し、二人だけの世界を作るもっともらしい理由とするため

後者に関しては、同性愛を積極的に捉えてはいけないという、「近代」へのアンチテーゼ=ゲイ・リベレーション擁護を表せないいらだちを示しているのかもしれない。しかし、前者はかなりまずい。人はそこにいることで、さまざまな機能を果たしていることを忘れてはならない。生きていることそのものに意味があることを忘れてはならない。

実際圧倒的多数の人々にとっていなければよかった人は歴史上いくらでもいるだろう。だが彼/彼女らは歴史的にそうなって「しまった」のである。大多数の人々は、あえて生きているだけでかなりの効用があると断言したい。「いらないひと」というレッテルを自分に貼っている人は、考え方の甘えと自己責任の放棄という点から責められるべきだ。そのレッテルは思いこみである。よってこのレッテルを慰めるのは、消極的というほかない。

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