ソウルへの道

そこはかとなく、韓国へ行って来た。何となく見聞きして考えたこともあるので、ちょっと紀行文でも掲載してみようかと思う。発ったのは2月の16日で、2日間ほどである。

さして長くもない旅であるが、去年春以来の久々の海外であったし、初めての非英語圏への旅であった。

1. 旅の初めは関西空港

ちょっと事情で、ANAを使った。ANAのソウル線は、関西からしか就航していない。だから韓国旅行といえど、なぜか関西で一泊してからの旅行であった。今回は、私のサークル、塾生新聞会の友達10人ほどとで、割と大所帯。

昔は旅行というと、かなりの下調べをしていた。だいたい、行ってから右も左も分からないなんていうことはなかった。つく頃には、地図は頭にインプットしていのだ。ところが最近は、退化したらしく、ほとんど準備はなし。ハングルが読めないとつらそうなので、字の読みだけは覚えて置いた。それだけに、かなりの行き当たりばったりな行動をしたわけである。

さて、そろそろ本題に入ろう。

朝、羽田集合。9時だった、と思う。みんな荷物は小さい。当然、私も小さい。このあたり、外国へ行く感覚ではない。私もちょっと大荷物の時に使う程度の、肩下げかばんである。キャスター付きのにしようかと思ったが、最初の1日、関西での行動に差し障りがあるかと思ってやめたわけである。

さしたる問題もなくとっととチェックインして、待合所へ。かつての鉄道マニアも最近ではすっかり、飛行機にお世話になっており、羽田もだいぶ慣れてしまった。しかし、相変わらず、空港という場所はなんとなく、優越感を感じる。非日常への出発を感じさせる点にひかれるのかもしれない。実は駅もそういう存在だったのかも知れない。夜のバスターミナルももしかしたら、そういった場所なのかも知れない。

私の乗った機材は、747SR。だいぶガタが来ていると思ったが、国内線だけにさして気にもならない。私たちは、伊丹に向かう。どちらにしろソウル便の関西発は翌10時頃。だから強引に大阪でstop overして、国内旅行も楽しむつもりで、伊丹に向かう。伊丹ならば、大阪に近く、日帰りオプションも選択できるからである。

わたし自身は、東京-大阪という短距離ではさすがに飛行機に乗ったことがない。羽田まで行くのが面倒だから。ま、短い空の旅も、それなりの魅力があるか、と思っての搭乗であった。ところが、乗ったら急速に眠気が襲ってきて、寝た。SRの中央席は窮屈だしつまらないから、寝るしかないといえば、ないのだが。動き出す前に、寝てしまったわけ。で、衝撃があって、目が覚めると、伊丹に着いてしまっていた。アッという間に終わった、なんともつまらないフライトであった。目の前には、「お目覚めになりましたら、お呼びください」のカード。飲み物も無駄にしてしまった。若干気分が悪い。

伊丹空港は規模を縮小したのか、思っていたより小さい空港であった。手荷物も預けていなかったので、あっさりとバス・ターミナルまで出ることが出来た。とりあえずは、伊丹にいても仕方がないので、梅田まで出ることにして、リムジン・バスに乗った。\600くらい取られたと思う。

伊丹から梅田までは、首都高みたいので行った。窓外の風景はいたって平凡、いやむしろ、大阪の人には悪いが、ちょっときれいでない。日本の都市は、こういうものだ、と考えると、嫌気を感じる。なんとも家が続いていて、所々にトタンの倉庫。晴れた日なのだが、地平線まで続く同じ風景は、なんともなく灰色である。くすんでいて、飽きさせる。友人の「日本みたい」という発言は、笑いを誘ったが、一面くらい真実を示しているようにも思えたのだ。金浦からソウルの江北の中心までは、どうなのであろうか?ある書で読んだ。韓国は10年前の日本だ、と。ちょっと発展論ぽいのと傲慢さで、いやといえばいやだったが、行ってみると、そのイメージが、どのような点で正確なのかを知ることが出来そうである。

30分弱で梅田着。渋滞は東京ほどにひどくないようだ。大阪駅前を通過のさい、左手に梅田貨物駅を認める。なんとはなしに、複雑なヤードが健在であることが、うれしかった。さっき汚いのはイヤみたいなことを書いた。だから、発想が矛盾しているのかもしれない。高度成長期へのまなざしは、嫌悪感と郷愁と。なんとも複雑である。

梅田の地下街に入る。午後の行動に備え、荷物をコイン・ロッカーへいれ、昼食を済ませる。お好み焼きは嫌いなので、うどんを食べてみようと思ったが、意外なことにメニューに納豆そばがあったので食べてみた。オーダーはあるのだろうか?関東の普通の納豆そばとの違いは、卵が無いことである。また鰹節のだしもちょっと強すぎるようだ。どちらにしても差が出るのは、スープ。圧倒的に関西は薄い。それから友人の方を見ると鴨南蛮を食べていたが、関西では「かもなんば」というらしい。ちょっとしたカルチャー・ショックで楽しかった。

食後グループを分けて、神戸と京都に向かう。私は阪急電車で、京都へ向かった。どうにも阪急梅田という駅は広い。知った友達がいなければ、迷ったかも知れない。ぬくぬくしたクロスシートの車内で、またもしばし、まどろみ、四条大宮へ。

2. ソウルの前には京都へ!

別に用はないのだが、最近行っていないので京都へ行った。京都到着は1400時をまわっていたので、どこか見るにはつらい時間である。同行の友人がどこを見ようか、と相談しているときに私は、東京での演奏会のチケットの振込をせねばならぬのを思い出した。まず、四条大宮の駅の上にある三和銀のCDコーナーでお金をおろし、祇園社の前のローソンと近くの郵便局で振り込んだ。友人の決めた高台寺と三十三間堂への道すがらではあったが、迷惑をかけた。そういえば、郵便局のおばちゃんの領収書は、私が振り込んだ東京都交響楽団ではなく、「東」がおちて、京都交響楽団になっており、ちょっと笑えた。高台寺は、祇園社前のバス通り(なんて通りだ?)から少しだけ奥に入ったところにある。割と高そうな、そして閉鎖的な雰囲気の料理屋などが並んでいて、何とも洛北の方に行ったようである。そのあたりから、東の台地への登り口に、ちょうど高台寺は位置する。山門への階段は、斜面から少し掘り下げ、両側から篠竹が覆い被さるような感じで、緑のトンネルのようになっているのである。トンネルは「雪国」を待つまでもなく、異空間への入口である。どちらにしろ、こういう演出は私の好むところであり、期待が膨らむ。

高台寺は、豊太閤とその妻高台院ゆかりの寺である。なんとなく、山科の奥深くにあるような印象があったが、そういうわけでもないが、境内に入っても静かでよい場所だと感じた。観光客も多くない。歓迎するところである。生け垣などをみると、つい最近手入れされたばかりのようだ。拝観料を払って、境内の裏を回り込み、中庭のようなところに出る。例によって伝小堀遠州作の庭であるが、私が思いこんでいたイメージより遙かに開放的で、明るい庭である。本堂ともう一つの仏殿、庭のあるあたりはちょうど斜面の棚の様な場所で、平坦になっており、すぐにまた傾斜が始まる。その斜面にいくつかのお堂と、二つの建物が渡り廊下でつながれた非常に面白い茶室がある。名は、忘れた。その片方は、二層になっており、二階は茅葺きの屋根をかぶっただけで壁がない。まるで展望台のように、三面を開放しているのである。水屋はどこを使ったのだろうか?利休好みということであったが、なんとも開けっぴろげで、興味が引かれた。少々調べてみる価値があるかも知れない。また、渡り廊下というと、何というのかは知らぬが、斜面上のお堂から、庭の脇にある仏殿へも、屋根付きの渡り廊下が延びている。これは斜面に沿って、階段になっており、そこをまっすぐ降りて行くと、池を渡るかたちになっている。桜など咲いていると、池に写って非常に美しいかもしれないと思った。秀吉と妻の像も飾ってあったが、残念ながら私には見る目がない。その像の前の厨子の菊水文様の蒔絵が美しかったように記憶している。

高台院を降り、少々の距離バスに乗って三十三間堂へ向かう。知らぬ土地のバスとは怖いもので、いつでも小銭のことが気になってしまう。案の定、後払いだった。根っからの東京人でない私は、前払いが当然と思う感覚が分からない。降車時に千円の両替がなかなか出来ず、他の乗客に迷惑をかける、これが非常に苦手なのだ。京都のバスでは、釣りが出たので、ホッとした。

ちょうど学校が終わったところなのか、地元の高校生とおぼしき人が目に付く。京都国立博物館の前の歩道は、彼女らであふれかえっており、大変邪魔におもうと同時に、時間が気になった。京都の夕方は早い。到着したとき、三十三間堂の拝観時間は、すでに終わっていた。冬季は1530時までとのこと。見させていただく立場なので、なんとも言えないが、拝観料の割と高い京都の寺なのだから、もう少しはサーヴィスしても頂きたい。京都観光らしきは、高台寺のみであった。

ちょっとむくれて、喫茶店に入り、フルーツ・パフェを注文するが、マスターは聞こえなかったらしく、何も出ず。さらに気分を悪くする。ちょっとふてくされたまま、鴨川を再び渡り、JR京都駅に出た。前に京都を訪れたのは、随分前のことで平安建都1200年の時だから、もう5年も前のことになる。一時期議論百出していた新駅舎を見るのは初めてであった。なんとも街や駅前とマッチしておらず、楽しい。割と未来的な見せかけなのに、改札を入るとそのまま一番線ホームに出てしまう間抜けさも楽しかった。時間が無く、もっとよく見て回れなかったのは残念。やはりJRは高いという印象を抱きつつ、新快速網干(あぼし、と読むことを初めて知った)ゆきで大阪に戻った。

大阪ではniftyでの友人と会う約束をしていた。1730に阪急梅田駅の改札、とのことであるから、急がねばならぬ。なかなか会えないから、何を話そうか、と思っていたら、高槻に着く前にまた眠ってしまった。

3. 梅田地下街ダンジョン騒ぎ

大阪駅に到着する。ロッカーの荷物を出し、私はここから別行動をとる。大阪在住の友人と、「2人オフ」開催のためである。神戸グループはまだ戻っていない。もしかしたら、もう会えないかも知れない、と思うのは、旅先のたかぶってお馬鹿な神経ならではの発想だ。怒らせるとまずいので、口にこそ出しはしなかったが。彼らとは、投宿先で再会する。

さて、「2人オフ」だが。阪急梅田には改札が二つある。お互いに勘違いの結果、待ち合わせからすれ違ってしまった。先方、紀玉氏(ホームページはリンクへ)は、はじめから「噴水前」という梅田ではわかりやすい場所を指定してくれたにも拘わらず、こちらがわがままを言ってしまったためである。知らない場所での待ち合わせ、改札が安全と思われるが、落とし穴があるよう。気をつけねば。で、結局どうしたかというと、携帯をフル活用して、約束の20分後に、お互いの姿を確認した。携帯を持ってきて良かった。もし、会えなかったら、かなりの寒さである。大阪くんだりまで来て、別行動をとり、しかも呼び出しっぱなし、という最悪の状況に見舞われたはずである。危ないところだった。

どうもこの紀玉氏とは、妙になじんでしまっている。会うのは2回目というのに、「あ、どーもー」から始まる日常的な会話をしてしまった。なんだか、普段から会っている気がする。なんだか学校へ行けば、いそうな気さえするのである。このあたり、パソコン通信で知り合った、ということの意味、考えさせるではないか。くだらないことを考えるな?失礼。でも、文字を通して、普段コミュニケーションをとっている人が、会ってもそれと全く変わりなく、軽く話せるということ、これは偶然のことなのか、それとも文字を通じて「ひととなり」はあらわれるものなのか、なんて考えてしまったのだ。

二人とも何となく会おうということ以外考えていなかったので、当然「何を食べようか」という話になる。大阪っぽいもの、とも思ったが、別に取り立てて妙なものをたべるほど、遠いところに来たわけでもない。そもそも大阪系の味は嫌いなので、彼のお薦めに従うことにする。とりあえず、お好み焼きはパス。私は東京の薄いやつじゃないとイヤなのである。そこで、色々な案を出してもらったのだが、例によって優柔不断な私の性で、30分ほども、梅田の地下街をぐるぐるしてしまった。私が「何を食べたい」じゃなくて、「こっちにいこう」とわがままを言っていたので、私が行ってみようとした方向じゃないところに出てしまう。おかげでかなりの運動となった。結局、彷徨の果てに、カツ丼を食べる。代わり映えしないと言えば、そうだが、何となく日常的で良かった。実はカツ丼屋なんて、東京でわんさと転がっている、というほどのものでもない。割とギトギトした味に満足。なんとなく昼などには足を向けそうだ。で、夕食後はパフェ、さらに珈琲とハシゴ。そのパフェ屋もすごくて、\5,000の特大というより巨大なものもあり、目を丸くした。その間は、ひたすら書物の話などをする。特にコストパフォーマンスの話である。私の得意とするJuneなどは、下半分空白のものがあまりに多い。30分足らずで読み終えてしまう。としたら、値段設定とそれに見る価値は、どこから導き出すのか、というのが課題である。さんざん話したが、結局資料を発掘して、統計学的な処理を施すしかない、という結論に達した。この分野、あまりに大量に出版されてしまったから、質の見極めが重要視されるが、それを度外視して、分析するには共同作業に頼るしかないかも知れぬ。論議はさらに必要である。今回は、アルコール抜き。なんとなく平和だ。ま、彼が東京に来たときには、night outしてみても、良いかも。大阪でと関西でと感じを変えてみるのも一興である。

別れを告げ、南海でりんくうタウンに向かう。今夜の宿は、そこにあるというANAのゲートタワーホテルである。一応エアポート・シティホテルだそうで、「行けばわかる」というので、何の案内もなく、とりあえず行ってみる。南海は思っていたより高い。七百円ほどだったと記憶している。あとは、夜の阪南をぼーっとひた走る。妙だが、その感じである。起きていても意識がなくなった頃に、りんくうタウンに到着。やはり空港の入口にふさわしく、何もない。改札を出て、なんとなくこっちか?というペデストリアン・デッキに向かい、正面を見上げると、件のホテルがある。友人共は既に部屋に入っているはずだ。がらんとしたロビーを突き抜け、フロントでルーム・キー・カードを照会してもらう。入り方に戸惑うものもあるが、特にとがめ立てすることのない、普通のシティ・ホテルだ。部屋は三十何階だかの何号室か。ツイン。

再会……という言葉は大袈裟すぎる。しかし、そんな感じ。ストップ・オーバー先での別行動。特に、何もないが、戻るということを、感じることが出来た。部屋の調度は、ホワイト系だが、ベッド・カバーやカーテンで、落ち着けている。カーテンを開けると、空港まで続く高速が光の帯。それこそ、なにか飲みながら、軽く話したいところであるが、明朝の早さを理由に、却下。CNNを見て、風呂を使って、寝る。明日は、再び、空間を移動する。

3時頃ふと目を覚ます。となりのベッドに友人の顔がある。どこにいるのかを認識して、再び眠りについた。

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