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そんなものはない、とおもっていたが、ついにその手のオンライン小説を見つけた。宰相殿の夜伽話で ある。構成としてもなかなか秀逸で、19c初のオスマン帝国スルタンにある宰相が千夜一夜を語るという形式なのだ。で、その語りの内容がやおいになってい て、フランス革命や日本の事情にも触れたりする。17c末のスルタンであるスレイマン2世が19c初とされるのがいまいち解せないが、もとの千夜一夜の内 容はアイユーブ朝からマムルーク朝にかけてのエジプトがモデルであろうことを考えれば、時代的な内容についてはこうるさく言うことでもなかろう。
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HTML関連の話題を追いかけていくと必ず行き着くサイトがある。「言葉 言葉 言葉」というサイトである。ここでは「国語問題」をとりあつかっている。HTMLの文法をどのように日本語に適用すべきかを考えていれば、日本語の扱い自体を考え始めるのは当然である。「言葉 言葉 言葉」では、おそらくは日本語の問題をWebで公表するに当たって、HTMLの問題にぶつかったのであると思う。

さて。そのサイトでは正字正かなを用いている。少々エキセントリックな形での主張の仕方ではあるが、正字正かなを用いるべきという主張は概ね首肯できる。戦後の国語改革が性急に過ぎたのは明かである。漢字制限については、漢字に関する知識の不足を招き、我々の語彙、ひいては教養を薄いものにしている。その結果「世論」の意味合いの考えようもないから「せろん」「せいろん」「よろん」の起源を誤ってしまう。一方のかなづかいについても、原則の不足が一貫性の欠如を招いている。このようなことを考えると正字正仮名遣いを行うことが無意味であるとは言い切れない。

しかしながら正字正かな論を主張する人びとの中で、一部に問題がある主張をする人がいる。それは書体についてである。はたしてどの書体を用いるか。正字正仮名を主張するサイトをまわってもこの問題への言及は著しく少ない。しかし、その少ない中に、康煕字典体を金科玉条とするようなものがある。原因は、当用漢字、常用漢字への批判に集中するあまり、戦前までの字体が不変であるかのように思いこんでしまったことにあろう(幸いにも「言葉 言葉 言葉」はこの立場に立っていない)。これでは単なる規範論である。たとえば、康煕字典体に盲従するあまり、新旧漢字対照表で「玄」の旧字に、最後の一画を欠いたものを掲げているサイトがあった。この一画を欠いた字が康煕字典体に載っているからといって、正字体と勘違いしたのである。正字でも最後の一画は必要である。康煕字典でそのようになっているのは、康煕帝の諱「玄燁」を避けたからに他ならない。このような誤りを犯してはならない。

さらに書くにあたって、康煕字典体で書くことを勧めるような主張があることには驚かされる。明朝体は、そもそも印刷して、読みやすいことを狙った書体であると言うことを忘れている。明朝は単に旧活字であるに過ぎず、正書体ではない。印刷用にかなりの修正が加えられているのである。正字体を用いるべきという主張は一定の正しさがある。しかし、こと書において印刷字体を用いよとはいかなる言か。康煕字典体は、イコール正字体ではないということを忘れてはならない。漢字の正書法は書に見いだすべきである。楮遂良、顔真卿らの書を見ずに、書体論を行うのは浅薄であろう。そして、印字書体について、あくまで正しさにこだわるならば、明朝ではなく、本来の楷書により近い宋朝体を用いるべきなのである。

02/12/06: 「たかだか」

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数学の世界では「たかだか」という言葉を「xはたかだかnなので」というように使い「xはnを越えないので」という意味であるとい うことを、上記のサイトを見てはじめて知った。もちろん一種の「仲間内言葉」(えっと何て言うんだっけ?)に違いないけれど、おもしろい。普通は「たかだ か三十の若造が……」みたいな文脈で使う。どういった経緯でこんな使い方が出てきたのか。時間をかけて調べてみたい。

数理学科所属の4年生を対象とするこの「卒業研究セミナー」は,数理学科におけるカリキュラムのハイライトです.たかだか5人程度の学生を,第一線で活躍す る研究者でもある教官が直接指導します.徹底した少人数教育,それが数理学科における卒業研究セミナーの大きな特徴です.それを通じて諸君の数学・数理科 学に対する理解は飛躍的に向上することでしょう.

上記は名古屋大学の理学部より。……なんともいえない香りである。

02/12/06: 水筒の効用

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保温の効く水筒を買って、毎日自分で珈琲を立てて、学校に持っていっている。私の行く喫茶店の珈琲はそのへんの珈琲より圧倒的においしいので、外で あまりおかしな珈琲を飲むのはつらくなってしまっている。おかげで、図書館に籠城していたりすると、時々珈琲を飲みたくなったりするのだが、その時に缶 コーヒーなどでお茶を濁すことができない。その解決策として用意したのが、水筒持参なのである。

昨今の水筒は優秀で、保温性能も充分だし、なにより素材の工夫によってずいぶん軽くなっている。ありがたい限りだ。キャンパスでペットボトルを鞄に 突っ込んで歩いている人をよく見かけるが、水筒を持ち歩いてもさほど変わらないはずだ。珈琲や紅茶ならきちんといれたもののほうが、ずっとおいしいに決 まっているので、水筒に自分好みの飲み物を入れてくるというスタイルは、充分に推奨できるものである。

02/11/23: 日記みなおし

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今月に入って、過去の日記の字句を少しずつ修正している。

先月、日記をまとまって読み返す機会があって、はじめから読み直してみた。ところが、意味不明な箇所があまりに多い。自分の文であるにも拘わらず 「ひどいなぁ」と思い、同時に恥ずかしく思ったのである。特に1997年から1999年の間にひどいものが多かった。自分で考えて書いたのだから、何を書 こうとしているのかはわかる。しかし日記の文章だけから、私がどのように考えを展開し、どのように結論に至ったのかを読みとるのは、実に困難であった。

そんなわけで、日記の字句修正に踏み切ったのである。そのために私の文章が読みにくかった原因を考えてみた。おそらく原因は次の四つであろう。

  1. 指示語の濫用
  2. 繰り返しの極端な不足
  3. 状況依存の文脈
  4. 語彙の不足

一つ目の指示語の濫用については、説明の必要もない。「あれ」だの「それ」だのを乱発していれば、どれが「それ」なのか、さっぱり分からなくなるのはあたりまえである。

二つ目が繰り返しの極端な不足。たとえば「Aは~のような変化を経て、Bになった。Bは……のような性格を持っている、したがってAからBへの変化 はXと言える」という文章の場合、「Aは~のような変化を経て、Bになった。……のような性格を持っているから、変化はXといえる」のような文章にしてし まっていることが多かった。「……のような性格を持っている」のは何か、「変化」とは何の変化なのか、を説明していない。これではわかりにくい。

三つ目の状況依存の文脈は、端的に言ってしまえば、文章の背景に関しての説明が不足している、ということである。書いたときにみんなが知っていた話でも、あとから見たときに忘れ去っているということは、非常に多いのである。

四つ目が一番深刻だ。あることを表す適切な語彙を使えないがために、余計な数語を費やし、文章全体をややこしくしている。読んで知っている言葉は数 多い。しかしながら、書くときに使うことのできる言葉があまりに少ない。だから、何かを適切に表現できず、文章全体をつまらない、平板なものにしてしまっ ている。この問題は、一朝一夕になんとかできるものではない。気に入った文章を書く人、たとえば前に述べた前嶋信次や小川環樹などであるが、彼らの文章を写してみることで、解決していきたいと思っている。

02/11/18: ことばの地域

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この前、湯川ゼミの飲み会でしゃべっていたことだが、言葉にも地方地方で特徴がある。そして、日本の場合、それは普通、方言という。一般に東京の人 間以外は、東京方言と、出身の地元の方言を操ることが出来る。したがって日本語を語るといっても、方言モードと東京方言モードの二つを使い分けていること になる。

つまり、ある地方の人が、東京の人間にあわせて話すときには東京方言モードに入るということだ。ところが、このモードが相互に影響を受けるであろう ことは、疑いに難くない。東京方言モードで話していると思っていても、不思議に方言の言葉遣いが現れてしまうことがあるのだろう。特にイントネーションは すぐに東京方言のイントネーションになるが、語彙や言い回しとなるとそうもいかないらしい。

よく引き合いに出される、というより私が知っている例では、北海道の札幌周辺の言葉である。このあたりの言葉は、北に行けば行くほど口をすぼめると いう本州の傾向とは異なり、イントネーションは東京方言とほとんど変わらない。したがって上述したようなことが非常に明白に出てくる。たとえば、「捨て る」のことを「投げる」「放る」という。これはイントネーションは東京とは変わらない。そして、やたらと過去の言い回しを使うということだ。たとえば、 ファミレスで注文を確認するときに「……以上でよろしかったですか?」や、宅急便がインターホンを鳴らして「宅急便でした」などがある。「あぁ、そうです か」と言ってしまいそうなところであるが、これは一種の丁寧な表現だと言うことである。つまり過去時制を使うと丁寧さが増すという一般的な傾向に従ってい る。英語のCan you ...とColud youの比較やフランス語の複合過去と単過去の使い方を比較すればよい。

というようなことを考えて、言語地理学に興味が湧いてきた。もっとも日本語くらいしかきちんと勉強しようとは思わないけれど。

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ほとんど旧聞に近いものだが、慶應義塾長が安西氏にかわって、約一年半がたつ。あの塾長選は前鳥居体制に対する学部の総叛乱にも近かった。前体制は SFC=日吉を軸とした体制であったと目されたゆえに、学部の叛乱を招いた。すなわち三田の軽視といわれたのである。したがって、その後の人事刷新はすさ まじいものがあった。慶應義塾の子会社慶應学術事業会の湯川社長(前常任理事)、妹尾副社長への任期途中での辞任強要、両氏のすすめた丸の内シティキャン パスでの夕学五十講後期開講講座の全中止(三菱地所の圧力かどうかは知らないが今年はきちんとやっている)、塾監局の人事刷新などである。

体制二年目に入って、週刊朝日が昨年報道したような、ほとんど「パージ」に近い前体制の有力者の粛清はほぼ落ち着いたように見える。たしかに前体制 ではかなりの箱物が作られ、支出は増大した。それでも財務が決定的には破綻しなかったのは、むしろ小松前常任理事の手腕と言ってよいように思う。箱ものに は二種類があった。新規のキャンパス設置とキャンパス内建築の建て替えである。前者については議論がわかれるが、後者については、批判はあたらない。慶應 義塾の各キャンパスには慶應義塾百周年の1958年に建てられた建築が多い。当時の鉄筋コンクリート建築の寿命はおよそ50年といわれており、どのみち 150周年前後の2008年には全キャンパスで大幅な立替が必要なのであるし、もともと三田を最大限に生かすためにはどこかに建物を建てる必要があったの である。法科大学院設置による新棟建設が結局は決定されたのだから、実は方針は継続中なのだ。むしろ、ある程度のブランドを持っている義塾にとっては、箱 モノ以上に下手なソフトをつくる方が危うい。たとえば法科大学院と同時に戦略構想大学院が設置されるらしいが、いったいこれは何なのか。某法学部政治学科 教授も首をひねり、「法律学科とバランスをとったのではないか」と漏らしていた。

今年9月の金子郁容幼稚舎長の任期満了をもって、名実共に鳥居体制は義塾から消滅した。安西政権は、フォーマットは終えた。これから何をするのか。 法科大学院、戦略構想研究科、経営管理研究科の日吉から三田への移設がる。そして作ってしまった箱モノをどのように運営するのか。その答えはいまだ出てい ない。明確な構想なくしては、評議員の不信が高まらざるを得ないのだ。そろそろ色が出てきて良いはずなのであるが……。

念のため。私は湯川ゼミに所属していますが、上記のような話を湯川さんがされたことは一度もありません。すべて私の憶測ですから、注意してください。

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「東京の空は、狭い」とか何とか言って、建物や人の多さを論じ、さらに都市と農村という伝統的二項対立にもちこむような議論が、繰り返されていま す。この場合、第一段階の「東京の空は、狭い」のは、人と建物が多すぎるせいだというのは、あたかも共通認識であるかのような印象を受けます。

しかしながらその点についてもう一度考えてみましょう。「東京の空は、狭い」という言葉は、空を見上げたとき、その視界が狭い、ということを表して います。単に直立して前方を眺めたときに、視界が狭いのは確かに建物があるせいです。建物が集まって出来ているのが現在の都市の姿である以上、それは仕方 がありません。このこと自体を美しくない、と感じるのならば、議論の余地はありません。しかし論じられているのは、「空の狭さ」です。ということは、建物 が集まっている都市というあり方そのものには、譲歩の余地があるということです。では、はじめに戻りましょう。なぜ「空が狭い」のか。

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今日、上野動物園に行って来た。昨日がみどりの日で入園無料なのはわかっていたが、どうにもこうにも混雑しているだろうから、それ避けて今日にし た。ろくに調べもしなかったが、ズーストック計画で上野動物園にはトラさんを集めることになっていると聞いていたので、なんとなくうじゃうじゃいるトラさ んを見に出かけていったわけである。「トラの森」というのがちゃんと作ってあって檻ではないので見やすかった。目の前をのそのそ歩くトラさんは、体はや せっぽちだけど手足も顔も大きくていい感じ。でも二頭しかいなかったのだ。

あれ?集めているのではなかったのかな、と思って帰ってきて調べた。それが愕然とすることばかりで非常に驚いた。なにかトラというのは野生のものも うじゃうじゃいて、あちこちの動物園でも10頭単位でいるものだと勝手に思いこんでいたのだが、それが全然違っていた。というより、絶滅寸前。八亜種ある なかで、すでに三亜種が絶滅していて、残る五亜種も野生と動物園のトラさん全部併せて一万頭にも満たないらしいのだ。

残っている五亜種というのはアムールトラ、ベンガルトラ、インドシナトラ、スマトラトラ、アモイトラで、それぞれ一九九八年五月の統計によると野生 でアムールトラが四〇〇頭前後、ベンガルトラが三〇〇〇から四五〇〇頭、インドシナトラ一五〇〇頭前後、スマトラトラが五〇〇頭前後、アモイトラが三〇頭 前後だそうである。動物園にいるものを加えても総計五〇〇〇頭~八〇〇〇頭で一万頭には及ぶ統計は見つからなかった(詳しくは5 TIGERS : The Tiger Information Center'What is the population of tigers in the wild?'を参照)。

これを知って驚くのなんの。上野で二頭みたということは、現存のスマトラトラが八〇〇頭くらいいるとしても0.25%くらいにあたるわけで。五年く らい前は八頭くらいいたから実に1%にあたるということになる。トラさんうじゃうじゃなどというのは、完璧な幻想であったのだ。これは、保護の必要性があ ろう。

しかしその保護もどうも日本ではごく最近まできちんとしていなかったようで、九八年には北海道美瑛の「北海道シペリアタイガーパーク」が立ち入り検 査された際、報告されていたアムールトラ二十九頭のうち九頭しか確認できず、皮売買や栄養剤製造の目的で売却か殺されたかされてしまった疑いがもたれた。 さらに管理がずさんであったので餓死の可能性もあるという。アムールトラはワシントン条約付表第一表にランクされる完全希少種であるので、このような事件 は日本の恥である。立ち入り検査を何年もおこたった道庁にも責があるのは間違いない。全世界で千頭はいないと思われるシベリアトラが二十九頭もいたという のがめちゃくちゃすごいことなのに、それを九頭まで減らすと言うのはS級の犯罪に違いない。なお皮売買などについては、立憲が断念され、「疑い」にとど まっている。

さて、上野で平成九年に生まれた三つ子のうちの一頭が先述した間近で見たやせっぽちのトラさんなのだが、のこりの二頭が横浜にいる。そして多摩動物 園にはアムールトラがいる。それから神戸の王子動物園にはズーストック計画でベンガルトラがいっぱいいて、白い子もいるとか。そのうち行く。

上記の王子動物園の話は嘘で、王子動物園にいるのはアムールトラが雄雌一頭ずつだそうで、白いトラやベ ンガルトラがいるのは宝塚ファミリーランドだそうです。こちらは来年4月7日で閉園になってしまうのだそうで、彼らはどうなるのでしょう……。情報をくだ さったきりんさん、ありがとうございました。以上10月28日追記。

関連リンク

5 TIGERS : The Tiger Information Centerトラさんについての情報ではまず最初に参照されるべきサイト。さっと情報を得ることも出来るし、深く追求していくことも出来る。Save the Tiger Fundによる運営で、ミネソタ動物園が提供している。トラ保護基金野生生物保全論研究会内。動物保護団体として日本でもっとも著名。私は好きではないが、おそらくトラに関してももっともアクティヴな活動をしていると思われる。北海道テレビ1999年05月24日ヘッドライン北海道テレビ1999年06月18日ヘッドライン北海道テレビ1999年10月28日ヘッドライン言及したアムールトラのずさんな飼育について。

02/04/29: 神の子池

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摩周湖を訪れたことがあるひとは多いと思うが、裏摩周展望台を訪れたことがある人はその何分の一にもならないのではないだろうか。裏摩周は摩周湖の西側に位置し、斜里と中標津を結ぶ線上にあり、釧路から川湯へと北上するメインルートからはずれるためであろう。さて、その裏摩周の方にさらにマイナーな場所がある。それが「神の子池」である。非常に透明で、しかも青みがかかっており、大変に神秘的なたたずまいの池である。近年、ごくまれにバスが入るなど少々知られるようになってきた(賽銭を放り投げる不届者がいるという)が、道道から砂利道の一車線の林道をかなり入らねばならないとあって、まだまだ名所ではない。青く澄んだブルーが美しい池である。

さて、その「神の子池」が5月号の「ナショナル・ジオグラフィック日本版」p.17に紹介されている。右は昨年の秋、私が訪れたときの写真であるが、ナショナル・ジオグラフィックでの写真は非常に美麗なのでごらんいただきたい。

さて、この神の子池だが、有名な「ほっかいどガイド」をはじめとして、ここを紹介しているところでも摩周湖の伏流水によるものとしている。「神の子池」とはカムイトー(神の湖)と呼び、その伏流水によるから名付けられたのである。これは「ナショナル・ジオグラフィック」でも紹介されているが確かである。ところが、この神の子池は千葉大学の濱田浩美助教授による水質調査によると電解度は摩周湖の方が三倍にあたっており、同一の水であるとは考えにくいとのことである。

正確な中水文学的知識および湖沼学的知識は知っておいて損のないことであるが、この池の美しさはやはり「神の子」に値すると私は思う。

関連リンク

ほっかいどガイドは、現地を歩いた人による情報を集大成したネット上のもっとも伝統あるガイド(なんとJunet時代から)。北海道を旅する者にとって必携である。ナショナル・ジオグラフィックは、世界の地理を美しい写真と共にちょっと教養気味に紹介する雑誌。非営利のナショナル・ジオグラフィック協会が発行している。よく推理小説などで病院や弁護士事務所のきどった暇つぶし用の雑誌として紹介されている。1995年から日本経済新聞社と合弁で日本版を発行している。

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