カイ・カーウース『カーブースの書』を読んでの雑感

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はじめに

カイ・カーウース『カーブースの書』(黒柳恒男訳、平凡社東洋文庫、1969)を読んでの私の所感を、本稿において述べることにする。

全体を概観して、振り返ると、やはり「徒然草」の印象が強かった。教訓を連発しつつ、愚痴るところなどそっくりである。ついでに言うと「知れ、息子よ」は、非常に有効な台詞で完全に私の頭にくっついてしまった。

本稿の構成について、初めに書く。本稿では、1,全体の概観(感) 2,私がもっともだと思い、かつ妥当と思い、感銘を受けたところ 3,自分を辱めてしまうような自虐を感じたところ 4,特に興味を持った点 に分けて述べてみる。読みながら思ったことは、教訓の連続であるから、当然山のようにあるが、いちいち考えてもいられないので、思い出した点のみ書いてみよう。

1. 全体の概観(感)

最初に言っておくこと。黒柳はあえて「ペルシア逸話集」と便宜的に題づける必要はなかったのではなかろうか。特にカーブースの書では、この題名故に魅力を減殺されてしまっているように思える。いちいち間に「逸話」と書いてあるし、しかもどこで「逸話」が終わったのか分からない。便宜的にすぎよう。私の感想では、カーブースの書は「逸話集」以上の値打ちは確実にあるように思える。なにしろ、矛盾しようが、シャリーアにふれていようが、とにかく教訓を連発しており、それも経験律的なものが非常に多く、人間が生きる上で、考えること、そしてすべきことが山のように書いてあるように思えたために、私はそう考えた。

あとでも述べるが、繰り返し出る「知らぬことを自覚せよ」、これはたぶん今の学生にもっとも欠け、また今に人にもっとも欠けるものであるように思えた。「知」に全く興味のない人間があふれ、かつ「知」を求めるものは、その姿勢のみに満足している。私は、アルバイトとして、塾講師をやっているが、繰り返してきた言葉、それが全くこれと同じ言葉なのである。「知」を志す人間が、いつでも心に留めておくべき事であろうと思う。

さりとて、私たちがなんと思っていようが、いまだにイシュティハードの閉じられておらぬイスラーム世界に住んでいる老君主は、希望に満ち、世の発展を信じて疑わぬように見える。そこには美しさと知と徳が満ちあふれ、一種の、楽園的世界が、書物によって代表されているように思えたのである。

2. 「知」に関して

知に関して展開すると、言葉の4つの種類というものが気にかかった。

すなわち、言い、知るべき事、言わずとも知るべき事、知らざりて言うべき事、知るべきでも、言うべきでもないこと、である。内容はクルアーンやシャリーア、嘘、理性的経験的な批判など様々であるが、哲理として扱われるようなことが、のちにはもっとも大切と言われるが、この箇所では、言わずとも知るべき事に入れられている。この時期はすでにムータズィラ神学派はほとんど壊滅していたはずである。にもかかわらず、理性というものの扱い方は本書においては慎重に扱われている。つまり、前半から後半にかけて、理性という言葉の「徳」への転換が見られるのである。徳というものもなんだかはっきりしないものである。結局カイ・カーウースもよく分かっていなかったのではないだろうか。何が、徳か、よりも預言者の持っていたもの、歴代ハリーファたちの持っていたもの、そういう捉え方だったように思える。どこかで、サイイェドの事で言及していたが、一方でアリー家のものにも信奉を抱いているようである。よく言えば寛容。悪く言えば、批判なきイスラームの利用者であったのではないか。「酒を飲め、とは言わぬ。が、飲むなとも言えぬ」。

3. 貧しきものと老い

カイ・カーウースの目は貧しさと老いという二つの並立しうる悲しみにも向けられている。自らおいてものとしてのルバーイーも掲げているが、一方で若きものにも死は忍び寄る、と引用している。老いと死を不可分のものとしてみ、また人生を山にたとえることは、古来よく行われていたことではあるが、その下山後を80歳以上にもおいている点は、わりと長寿も珍しくなかった社会だったのだろうか、という疑問を私に感じさせた。確かにイブン・シーナー、ラーズィーなど臨床医学の発展していた世界ではあったのだろうが。

また貧しさへのまなざしも厳しさがある。運命論を導入してどうにもならぬことという一方、分を知れ、ともいう。貧しき老人がハッジに出るなどもってのほか。クルアーンの六信五行の5行を富めるものの2行と、庶民の3行に分けている点などによく表れている。

友に関する章を見ても、無知無徳の友は人間ではないから捨てよ、と。運命論をかざすときは、恋愛友情にも運命があることを知らねばならぬ、と思うのである。カイ・カーウースはある意味孤独の人だった。考えて話し、考えて思うから、ときめきは生まれない。すべてを相対化してしまうが故に(神はその手段として絶対なのである)、人を素直に見、考えるのである。感情を押し殺した叫びが聞こえるのだ。本書は理不尽といえば矛盾があふれていて理不尽だが、その説得のなかに、理不尽にもおこってしまったことなどはかかれていない。なんとも、理不尽なことで、あやふやに存在していることなどにも目をつぶっている。当然連帯感などには思いもいたしていないのである。

私は、このような生き方は尊敬に値すると思っている。が、一方でそのように生きられない自分も知っている。カーブースの書をいかにして私に益となるように利用できるのだろうか。

4. 特に興味を持った点

これは、ずばり「第15章 性の愉しみについて」(pp.62-63)と、その前後の章である。私は、日本と欧米の同性愛について個人的に若干の研究をしたことがあるが、イスラーム圏でこのようなことが盛んであったのは知っていても、文献が全くないことに不満であった。なにしろ、同性愛が、ハラームなのかどうかも日本語では調べられないのだから! 一つネタが見つかった、というのは俗であるが、正直それに近い気持ちである。なにしろ「女と若者のいずれの性に片寄ってもならぬ」なのだ! まさに「色道二つ」。ムスリムたちが美少年というものに、美意識を感じ得た、ということから、文化も見えてくるのではないか、と密かに期待するのである。実際ティムール朝期までのミニアチュールでは、美少年が多くかかれているし、特に東方イスラーム圏、妙な言い方をすれば、古のイーラーン・ザミーンの世界の中で顕著なように思われる。まったくこの手の解説書の少ないことは悲しむべき。さらに話はそれてゆくが、やはりアラビア古典文学、ペルシア古典文学の訳の量の少なさは、どうにかならぬのであろうか? ほとんどが、東洋文庫に散見されるだけである。イスラーム圏の「ロメオとジュリエット」にあたろう「ライラとマジュヌーン」でさえ、その訳書は十指に満たぬであろう。男性同性愛についてみるなら、アブー・ヌーマーンなども必読であろうが、これも全く見あたらない。アラビア語を学ぶしかないのであろうか。それとも、自ら研究者となって、日本に広めるのか?

さて。房事に関して有害の無害のとうるさく言及しているのは、やはりイブン・シーナーの「医学大全」によるところなのだろうか? そうでないにしてもこれがイスラーム圏共通の認識であったとするなら、なんと情報の太いパイプで結ばれた社会であろうか。ダイラムという片田舎の凋落君主にさえ、情報は多く流れ込んでくるらしい。解説によれば、本書の成立年代はセルジューク朝の勃興期にあたる475A.H.だそうだ。どこかで、子供が産まれたら立派な名を付けよ、などといっていたが、ギーラーン・シャーなどという身分違いの名を付けるから、王朝が滅んだのではないか。貴族意識が、強烈すぎるのである。イスラームのそもそもの概念にある貧富以上に、カイ・カーウースは貴賤を気にする。曰く「知の貴賤、「徳」の貴賤、「富」の貴賤、「舌」の貴賤etc。このあたりからも、ダイラムの後発性と、質実剛健進取の気風と同時に、田舎臭いサーサーン朝時代へのあこがれが潜んでいるのだろう。

恋の話に戻る。

「人を恋せぬものは人にあらず/いくら私がこう詠んだとて、このルバーイーを実行せず、恋をしないように努めよ」

全く何を考えているのだろうか? 当然無理な話である。相も変わらず、無理とわかりつつ書いてしまう、このカイ・カーウースという男、変な男だと思う。結局、それでも恋人にするなら、プラトーンに少し劣る程度の知性を持つ、かつユースフに少し劣る程度の優美な、愛に値するものにせよ、といっている。そんなものがどこにいるのか? 所詮は親バカである。もしそうでないとしても、子に教訓を与えた上で世を去る立派な父親であろうか。自己満足のありありとする章である。

もっとも反省として読むと、これほど身に応える章はない。確かに片寄っちゃ行けないのかもしれないとは、思う。が、夏に若者、冬に女。これは行き過ぎではないのだろうか? 酒も自己防衛の手段。野外で飲むな。なぜなら、酔ったところを人に見られてしまうからである。神はどこでも見ている。飲むべきではなかろうが。

おわりに

ほとんど所感というよりも、雑感集となってしまった。文句ばかりであるが、実際この本は読んでいて、風景が見える本だった。つまり、風俗文化の観察が出来、非常に有益だった。また、至言にもいくつか身につまされるもの、頭に刻むべき事などもあった。この時期のイスラーム世界に関する日本語の書物は、あまりに少ない。さらなる出版を望む次第である。

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