ゲルナー『イスラム社会』について


はじめに

本稿ではアーネスト・ゲルナー(宮治美江子ほか訳)『イスラム社会』紀伊國屋書店,1990をごく簡潔に要約し、少々の附随する議論の展開を試みる。

ゲルナーはきわめて綿密かつ広範な議論を展開している。したがって、その論述通りの順序で要約すると、かえって煩雑となり規定量を大幅にオーバーすると思われるので、要約については、表題書を私が一度解体し、再構築したものを示す。当然、本書中で誰かの問題関心から見て重要なことが、私にとっては重要ではない、という理由で要約から欠落している可能性がある。しかし、それはゲルナーの責任ではない。私の責任である。その妥当性については議論の余地があるだろう。

目次

  • はじめに
  • 1. 本書の主題と構成
  • 2. 概念モデル
    • 2-1. 生態
    • 2-2. 都市-支配者の交代
    • 2-3. 都市のプロテスタント的性格
    • 2-4. 聖者と部族
    • 2-5. ウラマーと部族
    • 2-6. イスラーム
    • 2-7. モデルの問題点
      • 2-7-1. モデルの妥当性
      • 2-7-2. 部族=都市モデルの妥当性。特に農民の無視
      • 2-7-3. オスマン帝国の存在
  • 3. モデルと近代
    • 3-a-1.聖者のイスラーム
    • 3-a-2.プロテスタンティズム
    • 3-b.新しいエリートが下から来る
  • 最後に

1. 本書の主題と構成

本書において展開される議論は次の二つであると考えてよい。すなわち次の通りである。

  • ムスリムの社会を分析するモデルの構築
  • そのモデルと「近代」の関わり

ゲルナーの本質的な問題意識がどこにあるかは別としても、本書においては前者が主で、後者が従である。基本的にマグリブでのフィールドワークに基づく知見からの考察である。

本書の構成では第一章で、これらの主題が概説的に示される。つまり問題提起からモデリング、モデルの有効性の検討、モデルと「近代」の関わり、の議論までが第一章で一通り済まされる。そして続く第二章以降で、モデルの詳細な検討が行われ、また上に示した「近代」に関わる議論にいくつかの章がさかれる。

以下、章レヴェルの目次を掲げる。

  • 第一章 人間における信仰の満ち干き
  • 第二章 結合とアイデンティティ
  • 第三章 イスラムにおける伝統以後の形態
  • 第四章 学者と聖者
  • 第五章 北アフリカにおける聖性、ピューリタニズム、世俗化、ナショナリズム
  • 第六章 ビスクラの未知なるアポロ
  • 第七章 ロベール・モンターニュ(1893~1954)の社会学
  • 第八章 独立直後のモロッコにおける地方反乱のパターン

2. 概念モデル

イブン・ハルドゥーンは、文明世界を都市と未開に分けた。ゲルナーはこれを展開してイブン・ハルドゥーン的文明を次のように定義する。すなわちその生態と技術については「集権的に統治された商業志向の共同体が、部族的共同体と共生関係にあった」(p.219)社会であり、「聖典主義と牧畜の溶解、ひとつの連続的体系の中でのそれぞれ極端へと推し進められて密接な関係がイスラームの古典的世界なのである」(p.70)。

イブン・ハルドゥーンによる部族民・都市民・支配者の動態モデル

2-1. 生態

これをより細かく見ると、まず世界の前提は次のようになる(p.181)。

  1. 交易と都市を前提とし、地方の人々を、ある程度の範囲をもって、都市の生産とサービスに依存させる技術的文化的装置を持つ連続的で広範囲な世界である。
  2. 都市はある程度の政治的保護、それゆえ中央集権化がなければ存続しない
  3. 都市民はそれゆえに、服従という代償を支払い、支配者を支持する
  4. 支配者=軍事行政システム=国家は都市に対しては機能しても、山岳的地形、牧畜的生態系が与えられた地域を効果的に支配できない
  5. 重層的、分節的な相互援助組織「部族」がその地域に生まれる
  6. 部族はそのエートスにより強い
  7. 部族の強さは国家を弱体のままにする

ここまで至るとその結果として、部族地域に対し国家の支配は及ばない、という4.に立ち戻りループが完成する。しかしそれでは都市が消滅しないのはなぜか? 1.のように部族が必要とするからである。一方で都市は分業を前提とし、共同体的性格が著しく弱く、市民戦士などありえない。防衛のための支配者が必要なのだ(p.56)。その結果3.のように部族の一部は支配者となり、支配者でない部族と対立する。

2-2. 都市-支配者の交代

では次にイスラームに移る。上記の動態モデルの中でイスラームは、どのように関わってくるのか。まず、都市についてである。

機能の第一は正当性の付与である。第二には統治手段=書記機能の提供である。これは支配者の交代の際重要である。

  1. 支配者はかならず弱体化する。そのとき、弱体化した支配者は体制の維持のため苛税をかけたりすることがある。それは都市住民にとっては明らかに不正である。
  2. ウラマーは支配者を反イスラーム的であると宗教的に非難することが出来る。
  3. 同時に城外の部族に正当性を付与し、新たな支配者とすることが出来る。
  4. そして新たな支配者は、行政機能の手段と正当性の付与によって、きわめてスムーズに政権移行を果たすことが出来る。

このように、都市住民は服従しつつ、支配者を交代させることができる。しかしその支配者を選ぶことはできない。このとき、一時的なウラマーと部族の連携には注意しておいてよい(p.113)。

2-3. 都市のプロテスタント的性格

都市空間においては、人は、個人的であり匿名的である。仲介者や儀礼によって求心力を保つ団体が相互に対抗しているわけではない(p.107)。学究的な敬虔さが好まれ、潔癖である。したがって都市生活は聖典主義的、一神論的、ピューリタン主義的、平等主義的である。

そのような学究的性格は読み書きを与える。前に触れた正当性をウラマーはなぜ付与できるか。それはシャリーアが書かれたものであるからである。ということは、読み書きできる者にある程度の力を与える(p.108)。しかもそれはウラマーの手にあっても支配者の操作が許されるものではない。

2-4. 聖者と部族

聖者と部族の関係は、ウラマーと都市の関係と同様に重要であり、ウラマーと部族の関係より圧倒的に本質的である。

部族は分節的である。分節とは社会単位が樹形図状であり、かつ入れ子になっている状況である。その状況の中では、家レヴェルと家レヴェルで対立していても、村レヴェルの対立になったとき、対立している家レヴェルは協働して、村レヴェルの敵に当たる。

分節的社会では、同盟と反目だけでは無政府状態である。したがって同盟と反目の外にいる仲介者が必要である。それが聖者である。聖者の存在は、彼らの多くがサイイェドであることで、同時に部族がイスラーム的であるという保証にもなる。イスラーム的でないという理由で、他の部族の攻撃を受ける可能性が多分にあるからである。

さらに分節社会での政治的統率者の欠如は、ある中心を求める。それが聖者となる

2-5. ウラマーと部族

しかし部族もウラマーに頼るべき点が多い。それは支配者の交代で示した都市征服の際に絶対に必要である。

さらに書かれた物は契約であるがゆえに重要である。それはウラマーに発する。すなわち間接的に都市の権威を受ける。

2-6. イスラーム

上記の諸点より、イスラーム社会の特質は、ウラマーと聖者がイスラームの両辺として、それぞれ社会の対応する都市と部族へと入り込んでおり、排除できないということである。そして同時に部族の都市への依存と支配者の交代を通じて、部族もまたピューリタン的正統イスラームを必要としている構造であることが重要である。

2-7. モデルの問題点

このモデルの問題点も本書中で著者自身が述べ反論している。主な論点は4つである(pp.161-192)。

  1. 分節モデルの妥当性
  2. 部族=都市モデルの妥当性。特に農民の無視
  3. オスマン帝国の存在
  4. 都市的性格、地方的性格の固定化について

順にその議論を追う。

2-7-1. モデルの妥当性

分節モデルそのものの妥当性が問われる。本当に部族社会が分節的でなければ、聖者が必要とされた理由は消滅するのだ。

この批判へは第一に分節モデルはあくまでモデルである、第二に近代に至るまで部族社会が強度の社会階級組織や階層化を伴わずに現存したことから反論される。

2-7-2. 部族=都市モデルの妥当性。特に農民の無視

エジプトなどでは遊牧民はその十分の一程度の人口しか占めない。しかし第一に部族の脅威に対するため農耕民も部族的社会結合を行いやすく、第二にそもそも農耕民が十分な数を占める社会は例外的である。

この点の著者の説明に私はかなり疑問を感じる。イブン・ハルドゥーンを基本モデルとせず、オスマンモデルを基本とすべきだという主張に対し、ゲルナーは数の問題で解決すべきでないと言っている(p.190)。にもかかわらずここでは農民の数を問題にして、それを無視してよいことにしている。農業が生産諸力のなかで無視してよい程度の割合しか占めていないのであるなら、それを示すべきである。私はマルクス主義者でもなければ、ウィットフォーゲル流の専制国家史論に与するわけでもないが、それでもなお、サワード、マーワラーンナフル、エジプト、アナトリアで有力であっただろう農業社会を無視して、イスラーム社会を論ずるのはいかがなものかと思う。

2-7-3. オスマン帝国の存在

オスマン帝国は例外的である。モデルにほとんど適合せず、長期的で強力な安定性を持った。その理由は、マムルーク体制による。オスマン帝国はデヴシルメの発明によって、必要な支配者を、部族の召還ではなく、みずからの税として徴収することが出来た。

3. モデルと近代

続いて上記に簡略に示したモデルが「近代」とどのように関わったかの議論を示す(pp.147-161)。a.のパターンはモロッコに顕著で(第8章)、b.のパターンはアルジェリアに顕著である(第6章)。

3-a-1.聖者のイスラーム

近代ではイスラーム世界の多くが、植民地支配を受けた。植民地政府の権力は旧来の権力より圧倒的に強く、部族の世界にまで入り込んだ。部族社会でも行政は遂行され、インフラが整備されるにいたって、部族社会そのものが意味を失い、あわせて聖者の意味もなくなった。

さらに、植民地政府が効率的な統治を行おうとすると、旧来の支配層の取り込みが必要となる。このとき中央政府の取り込みだけでは当然不十分で、部族社会も取り込もうとする。聖者は植民地政府に協力せざるを得なかった。こうして後年ナショナリストから裏切りものとされるのである。

そして部族の聖者たちと、部族のイスラームは消滅しつつある。

3-a-2.プロテスタンティズム

都市の正統イスラームは、その平等主義的、禁欲的、規律的、学究的性格から近代により適合的である。そしてそれは同時にナショナリズムにも適合的であった。

プロテスタンティズムは、部族的イスラームを堕落として見ていたし、その堕落が外国勢力と結びつきオスマン帝国に背いたとき、イスラムへの裏切りと考えた。平等主義によりナショナリズムと結びついて外国を切り、その聖典主義により返す刀で部族的イスラームを切ることが出来た。

こうしてイスラームの少なくとも一方は近代の受益者となった。それが今日のイスラームの特殊性である。

3-b.新しいエリートが下から来る

aのストーリーとは違ったことも起こる。それは聖者もウラマーも旧エリートがズタボロにされてしまった場合である。その場合は、技術的なエリートと結合した、新プロテスタンティズムが下から来る。それは社会的急進主義と親和的である。

最後に

本書ではきわめて慎重な議論が展開されている。その中でも重要であると思われるのは、スーフィズムと聖者の関係に関わる描写である。神秘主義思想とスーフィズムさらに聖者がすべて同一視され、ウラマーのイスラームと対立させられる傾向があった。著者はこれを廃し、聖者が必ずしも神秘主義者であったり、スーフィーであったりするわけではないとしている。同様にウラマーのスーフィーが存在しうることも指摘しているし、スーフィズムは第一義的には都市のイスラームに分類しようとしているように見える。

他にもトルコのケマリズムがきわめてプロテスタント的に「世俗主義のコーラン」のように扱われたという主張(p.142)は、イスラームの文化的遺産がどのように働くかという点で興味深い。

苦言を呈するとすれば、モデルの構築を行う第一章での論述があまりに散漫なこと、あるいは逆に凝縮されすぎていることである。その縦横無尽に展開される議論は、実はモデルそのものがどのように定式化されているのかを観察するのに実に不都合である。モデル図が提供されることが望ましかったように思う。

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